♯1 隙がない先生

2/16
前へ
/185ページ
次へ
長いようで短かった春休みが終わり、入学式を経ての週明け、高校生活1日目。真新しい紺色の制服を着てリビングへ降りると、そこにはなぜか、ダイニングでトーストにかじりついているカンナが居た。 「カンナおはよ、早いね」 「んはよーっ」 飲みかけていたカフェオレのカップを手に取り、綺麗に染まっているオリーブ色のウェーブヘアを見下ろす。 カンナとは斜向いのご近所さんとして、先に支度が出来た方が迎えに行く、を丸9年繰り返してきた。階段下から元気な挨拶が聞こえてきても、自分の身支度を優先するくらいには“日常”になっている。 ――でも、この光景は珍しい。 「カンナさ、なんで(うち)でご飯食べてんの?」 時刻はまだ7時を過ぎたばかりだ。この時間に迎えに来るくらいなら、自分の家で済ませる余裕はあったはず。 「由美(ユミ)ちゃんが、イケメンの前でお腹鳴ったら恥ずかしいよーって」 「……それで? お母さんは?」 「洗濯物干してくるってさ」 「ふーん」 カンナの邪魔にならない程度に、ダイニングテーブルへ寄り掛かるように浅く腰掛ける。 ……ど、どうしよう。意味がわからない。かといって、深く突っ込むのもメンドクサイ。 「芙由もう出れる?」 「準備は出来たけど……早くない?」 カンナは即答せず、ごくりと喉を上下させてから、カップスープをすすった。影を落とすほど長いまつげの下で、グレーの瞳がキラキラとこちらを見返す。 この不自然な間。もう既にイヤな予感しかしない。
/185ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加