この雪がとけたら

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「由衣の乗る電車の最終は、何時? ほら、行先によって終電の時間は変わるから」  もう最終便が終わって、人気のなくなったバス亭のベンチに並んで座りながら、聞いてみた。 「ましろは?」 「僕のは青梅行きだから、本当にこの駅の最終便。0時32分」 「じゃあ、私もそれ」 「じゃあ、ってなんだよ。本当に帰る気ある?」  由衣が軽やかに笑うから、こっちもつい笑ってしまうけど、少しばかり心配になる。もしかして、家出少女だったらどうしよう。本当に、終電まで、ここに一緒にいてもいいんだろうか。 「家の人は、心配しない? 一度電話しておいた方がいいんじゃない?」  そう言うと、由衣はふっと笑みを消して、僕をじっと見る。 「ましろは、やさしいね」  はっとして、首を振った。 「そんなことない。女の子に対してこれくらいの気遣いは誰でもするし……。全然優しくなんかないよ」  そう、優しくなんかない。自分の家族に対しては、連絡一本入れることもしてない。 「ましろは、家に、電話したい?」  僕の目をまっすぐ見つめながら、由衣が言った。まるで心の中を読んでいるように。  なぜ由衣は、こんなに僕のことを気にかけるのだろう。  僕のことなんかどうでもいい。とりあえず首を振る。 「スマホの充電切れてるし、僕はいいよ。塾で終電になることは、結構あるし、誰も心配してない」  軽く嘘を混ぜて、笑って見せた。  でも由衣は微笑まない。 「家の電話番号教えて。私が掛けてあげるから」 「いいよ。知らない携帯からかかってきたら、余計に気味悪がる」 「いいから教えて」  有無を言わせぬ感じだ。由衣はけっこう強引な性格なのかもしれない。  あきらめて、家の番号を教える。 「じゃあ、ちょっとこれ持っといて」  ぼふっと、ぬいぐるみを押し付けられた。  相棒だと言ってた割にはぞんざいだな。  改めてじっくり眺めると、なるほど愛嬌のある顔をしている。女の子はこういうのを持っているだけで、気持ちが癒されるのかもしれない。  僕はどうだろう。試しにぎゅっと胸に抱くと、少しだけ動いた気がした。
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