この雪がとけたら

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 僕は一年前から抱えているジレンマを、ぽつぽつと、由衣に話した。  優秀な兄に遠く及ばない自分が情けなくて、学校でも塾でも家でも、勝手にいじけていたこと。家族にも無意識に冷たく接していたこと。なによりそんなちっぽけな自分が嫌いになって行ったこと。 「やってることは、まるで幼稚な子供だよ。ほんと、くだらなくて。いっそ消えちゃいたいとか思った」  白い雪片が目の前を舞い、ゆっくり膝に落ちて行く。ひとつ、またひとつ。  一言も発せず話を聞いていた由衣が、ゆっくりこちらを向いた。 「今は? まだ消えちゃいたいとか思ってる?」  とても重大な質問をされているようで、茶化すことができなかった。 「――思ってない。ちゃんと帰ろうと思ってる。帰って、今までの態度を謝ろうと思ってる」 「よかった」  由衣が柔らかく笑った。  年下の女の子に、こんなに心配される自分は、やはりけっこう恥ずかしい。    ふと周囲を見渡すと、人影がほとんど消えていた。  雪のせいだろうか。それとも終電が近いせいだろうか。 「そろそろ、駅に入ろうか。荷物を出しておかなきゃ」  さっき入れ違いになった僕のロッカーのカギを渡してもらおうと手を出したのに、由衣は少し困った顔をした。 「え、由衣が拾ってくれてたんだよね。カギ」  それには答えず、由衣はゆっくり立ち上がる。  由衣のジャケットから、溶けて水になった雪の粒が、数滴落ちた。  僕の中に、言いようのない空虚感が漂う。 「由衣……」 「まだ少し時間があるよ。ほら、雪が綺麗でしょ。ロータリーには人も車もいなくて、うっすら積もった雪がスケートリンクみたい」 「由衣」 「ほら、実はこのネコフクロウ、電池で飛ぶの。見て見て。可愛いでしょう? もうちょっと遊ぼうよ。もうちょっとだけ」  どこかのボタンを押したのか、丸いぬいぐるみは羽根をパタパタさせて宙に浮いた。確かに面白いおもちゃだけど、僕の焦りは増していく。  ――終電に乗せない気なんだな。
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