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「由衣。もういいよ。ぼく、ロッカーの荷物はあきらめて、終電に乗るから」
由衣に背を向け、歩き出そうとすると、慌てたように追いかけてきた。
僕の前に回り、カギをかざす。
確かに、さっき落としたカギだ。番号は302。なんとなく覚えている。
「私がロッカーのカギを開けるから。一緒にいこう、ましろ」
さっきの電話と同じだ。僕には何も触れさせない。
僕はうなづいて、由衣と一緒にエスカレーターに乗った。
駅構内にいるのは数人で、皆吸い込まれるように改札に入っていく。
電光掲示板には、0時32分の終電の時刻が掲示されている。
少しだけ焦る。
「由衣、カギを開けてくれる? 時間があまりない」
由衣はじっと僕を見つめたあと、カギ穴に手を近づける。
音もなく開いた空間には、なにもなかった。
空っぽだった。
「確かに、入れておいたのに……」
「うん、……今はもう、ないね」
――なんで、ないの?
僕は、そう聞くのをためらった。
答えを、由衣の口から聞くのが怖かった。頭の奥の霞が晴れるのが怖かった。
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