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「ええと、俺の職業は、まあ語るほどのものじゃない。しょうもない単純作業ってやつだ。正直なところ誰でもやれる仕事だ。それでも手抜きはしない。根が真面目だからな。俺も石川と同じく独り者だが、俺と石川だけじゃなくて、今ここにいる者の半分は独身。そうじゃないか?」 と、世の中全体にとっての重要課題である晩婚化と少子化問題を匂わせてみる。俺は独身非正規労働者――典型的な負け組。すなわち下流――であることは確かだが、社会問題に関心を持った知性派であるところを女子たち――アラフォーだが――にさりげなくアピール。 つかみは上々。まあこんなものだろう。そしていよいよ派手な笑いをドカンとぶちかまして中学時代の栄光を取り戻してやろうと思った、まさにその矢先だった。 「斎藤、ごめん」 邪魔が入った。 「ちょっと僕に時間くれるかな。みんなに話しておきたいことがあるんだ」 隅っこのほうに座って終始笑顔を絶やさずにいたイケメン風の男が、ふいに割り込んできたのだ。 高級そうだが決して華美になりすぎない控え目な濃紺のスーツに、アメリカ風のネクタイ。そこまではいいのだが、その派手な髪型は十代の若者ならともかく、四十歳という年齢を考慮すると、何ともいえぬ違和感のようなものがあった。髪型だけを見たら、まるで年齢不詳。お笑いのコントに出てきそうなステレオタイプの若づくり系ベテラン声優だ。 ところで、あいつ誰だっけ? わかったぞ、あいつだ。 若原敦士(わかはらあつし)だ。 名前を思い出すのに、数秒を要した。 ここぞという場面でいきなり割り込まれた。そんな不満を遠吠えしたところで、場が白けるのが落ちだ。俺は座布団に尻を落とし、沈黙して生ビールをあおった。ぬるくなって、しかも泡が抜けていた。 「何なんだ、あいつ」 思わず、つぶやいてしまっていた。 俺の左隣でワサビまみれのシメサバを箸でつついていた元サッカー部エースの矢島が、「まあまあまあ、斎藤。抑えて抑えて」などと囁きながら、コップにビールを注いでくれた。 「わかってるって。四十にもなって今さら同級生と揉めるつもりなんかねえよ」 ため息をついて、若原敦士に注目した。 「そういえばあいつも同じクラスだったんだなあ。名前は、ええと、若原だっけか」 矢島がぼそっと呟いた。 「ああ、正解。若原敦士だよ。あいつも同級生さ。一応はな」
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