3/16
前へ
/64ページ
次へ
実際のところ、若原敦士という人物はほとんど印象にない。若原敦士について記憶しているのは、身体が小さかったがゆえに日頃から何かとカモにされがちで、屋久(やく)久藤(くどう)三川(みかわ)といった悪タレ不良トリオからいつも小突き回されていた――といったネガティブなイメージだけだ。 ようするにである。若原敦士は校内カーストの底辺に位置する下層民。学級五軍。学級補欠。学級タマ拾い……。いや、もうよそう。学校は世の中の縮図だ。世の中というものは、必ず下層民というものを作り出す。ありとあらゆる偶然にかこつけて。 中学生当時、若原敦士があの過酷なポジションにいなければ、誰かがその役割を担わなければならなかった。もしも運命の歯車がほんの少しずれていれば、学級五軍はこの俺だったかも知れない。 ともあれ。 あの頃は身体が小さかった若原敦士も中学を卒業してからようやく成長期が訪れたようだ。今は周りを圧倒するぐらいに背丈が大きくなっている。ざっと目算したところでは百九十センチぐらいはありそうに思える。いや、百九十を軽く越えているかも知れない。いずれにしても、俺の中学時代の思い出に若原敦士が占める比重は限りなく小さい。 「若原って、屋久のグループからいつもいじめられてたよな」 杉本が言った。 杉本は俺の右隣の席に陣取り、同窓会が始まってからずっと野次を飛ばしたり手を叩いて囃し立てたりして座を盛り上げていた。そんな杉本だが、さすがに疲れが出たのか、さきほどからトーンダウンして萎れている。今は鍋の汁を小皿に注いで日本酒と混ぜ合わせたりなんかして遊んでいる。こういうところを見ると、杉本のやつは中学の頃からぜんぜん変わっていない。それが妙に感慨深かったりする 「屋久も丸くなったよなあ」 「ああ」 頷いて、矢島杉本と三人で顔を並べながら、問題の屋久を遠目に見た。 「あれは、まるで別人だな」 中学生当時は怖いもの知らずで喧嘩上等イケイケの不良だった屋久は、今ではすっかり丸くなって、かつての同級生たちに営業スマイルを振りまいていた。 今は眼鏡屋で店長をしているらしい。 中学生の頃の屋久を知る俺たちにとって今の屋久は、まるでパラレルワールドから抜け出してきた――俺たちの知らない世界に住む――もうひとりの屋久だ。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

45人が本棚に入れています
本棚に追加