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楽しいこともまれにあったりはしたが、それよりも辛いことのほうが多かった。制服姿で往来を闊歩する高校生たちのまぶしい姿を目にする度に、気持ちが激しく揺れた。 死のうと思ったこともある。 線路のレールを枕にして眠った。もう二度と目覚めることはないだろうとぼんやり思いながら。 パノラマのように大きくひろがる夜空に無数の星が瞬いていた。 あの美しい星空は、実際に自分の目で見た現実の光景だったのか、それとも夢で見た幻影だったのか、今となってはもうわからない。 いずれにしても、若原敦士は目覚めたとき線路の上でまだ生きていた。 死ねなかった――。 泣きながら朝を迎えた。 再び、出口の見えない下積み修行の日々が始まった。後ろを見て泣いている場合ではない。前を向いて歩くのだ。困難をひとつずつ乗り越えながら、若原敦士は頑張り抜いた。立派な拉麺職人になるために。 そして、あの決定的な出来事がおきた。あれが若原敦士の運命を、もはや修正不能なほどに変えてしまった。 日にちまでを鮮明におぼえている。あれは二十四年前の十二月十八日だった。 売り上げ金を盗んだと疑われ、若原敦士は拉麺屋を追い出されたのだ。 若原敦士は世の中のすべてに絶望した。 だが拉麺屋の親父のことは少しも恨んでいない。師走の繁忙期だった。その日一日分の売り上げ金がごっそり消えたのだ。いつもギリギリのところで店を回していた親父だ。感情にまかせて若原敦士を罵った親父の気持ちは痛いほどよくわかる。あのとき店にいたのは拉麺屋の親父と若原敦士のふたりだけだった。ほかの連中はみんな休みだったり早くあがったりなどして誰もいなかった。 若原敦士が、もしも拉麺屋の親父の立場だったなら、やはり同じように若原敦士を疑ったはずだ。だから若原敦士は、親父が吐いた「金はもういい。その代わり二度と顔を見せてくれるな」という無慈悲な言葉を黙って受け入れた。 拉麺屋の親父のことは恨んでいない。ほんの少しも。しかし中学時代のいじめの当事者である屋久、久藤、三川の三人組、そして教育者としての適性と自覚を欠いた学級担任猿田とその他大勢の傍観者である同級生らに対する怨みは、二十五年のあいだ片時たりと忘れたことがない。 座敷は静まり返り、重苦しい気配が空間全体にどんよりと漂っている。 屋久、久藤、三川。三人のA級戦犯は赤くなったり青くなったりと、まるで落ち着きがない。針のむしろとは、まさにこのことだろう。いや、他人事ではない。同じ学級にいながら若原敦士を救ってやれなかった俺もまた、いじめという残虐な犯罪行為に荷担したも同然なのだ。 胃の辺りが焼けるようだ。どうやら悪酔いしたらしい。飲んだ酒が逆流して、口からすべて戻してしまいそうだ。 帰りたい。 今夜はもうお開きにして、真っ直ぐ帰って煎餅布団に潜り込んでひとりで深い眠りを貪りたい。だが、もしも今、奇跡的に帰ることが出来たとしても、結局は一睡たりと出来はしないだろう。
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