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「調べたのか、佐々木の過去を。探偵でも雇ったか」 「まあな。なかなか優秀な探偵でね。お陰で佐々木愛奈の兄の経歴を丸裸に出来た」 なぜ、龍応会の佐々木――愛奈の兄――のことを、若原敦士はこんなにまでも詳しく調べたのか。 ぐるぐる回っている。猛烈な速さで。俺ひとりだけを置き去りにして、世界が轟轟と回り始めた。そんな気がした。 俺は、あるひとつの可能性に辿り着いたのだ。たまらず呼吸が苦しくなった。 若原敦士は、初めから知っていたのではないのか。二十五年前のいじめの黒幕の正体を。 佐々木愛奈――なのか。 不良の屋久と久藤を支配下において、ふたりを操って若原敦士をいたぶり抜いた。それが佐々木愛奈だというのか。 黒幕は佐々木愛奈。 そうなのか。佐々木愛奈なのか。きっとそうだ。そうに違いない。そうでもなければ、若原敦士がわざわざ龍応会の佐々木の過去をああまで詳細に調べ尽くすはずがない。 若原敦士を見た。 若原敦士が、硝子玉のような眼球をゆっくりと動かして、俺を斜めに見据えた。 「そうだよ」 若原敦士は言った。 「どうやらようやく気づいたようだな。実を言えば、僕は初めから黒幕が誰なのかを知っていた。斎藤、おまえがいま思った通りだよ。黒幕は佐々木愛奈だ」 「な、何で」 言葉にならない。 「何で黒幕の正体をわからないふりしてたのかって訊きたいんだろう。いいよ、教えてやるよ。それはだな」 若原敦士は虚ろに笑った。 「復讐のためだよ」 それは、ようするに、いったいどういうことなのか。 「屋久と久藤に、彼ら自身の口で黒幕の正体を白状させたかった。黒幕を裏切らせてやりたかったんだ。人を裏切るという苦痛を与えてやりたかった。猿田教諭には、教え子の屋久と久藤を拷問しなければ自分自身の生命が危うくなるという極限の地獄を見せてやりたかった。黒幕の佐々木愛奈には、便利な手下としてさんざん使い倒した屋久と久藤に、二十五年後の今になっていきなり裏切られるという最悪の地獄絵図を見せてやりたかった。僕は同窓会の場で、佐々木愛奈が見ている前で屋久と久藤と三川と猿田教諭を拉致したからな。あれからずっと佐々木愛奈は、次は自分の番かと怯え続けていたことだろう。まるで生きた心地がしていなかったはずだよ」 「なあ若原。ちょっとわからないんだが」 「何が」 「佐々木愛奈は、いったいどうやって不良の屋久と久藤を操ってたんだ。当時の屋久と久藤は無敵の不良コンビだぞ。双方のパワーバランスで見ても、屋久と久藤が佐々木愛奈に従う理由がぜんぜんないだろう」 「簡単なことさ。その頃には龍応会幹部の地位にあった実兄のことを、佐々木愛奈は屋久と久藤に話して聞かせたんだよ。私に逆らうと龍応会幹部の兄が黙ってない、とでも脅したんだろう。佐々木愛奈が実兄のことを話したごく一部の同級生、それが屋久と久藤なのさ。屋久と久藤も、テレビのニュース番組や新聞なんかで龍応会の怖さをよく知っていたものだから、佐々木愛奈にはどうしても逆らえなかった。これが真相さ。猿田も佐々木愛奈の兄貴が怖かったんだろう。何しろ龍応会の幹部だからな。とにかく龍応会の嫌がらせや報復が怖かった――生徒思いのはずの猿田が、なぜか僕の発したSOSにだけは極めて冷淡だったという事実が、これで十分に説明がつくというものさ」
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