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若原敦士はいじめの黒幕の正体を知ってはいても、俺と屋久たちが揉めた本当の理由を知らない。知ろうともしていない。若原敦士にとっては、彼自身の記憶、それだけが唯一の真実なのだろう。若原敦士のデフォルメされた記憶の中での俺は、弱者のためなら命もいらぬ捨て身の英雄だ。 いや、あるいは気づいているのか。若原敦士は、俺が屋久たちと揉めた本当の理由に気づいているのか。わからない。俺などには若原敦士の本当の気持ちなどわかりようがない。 若原敦士は、左腕を持ち上げてロレックスに視線を走らせた。 「そろそろだろうな。屋久と久藤は佐々木愛奈の名を白状するはずだ。あのふたりが自白して裏がとれ次第、おまえの企画課にやって欲しいことがある」 「何をだ」 「何をだって? 寝惚けてもらっては困るな斎藤。拉致するんだよ、佐々木愛奈を。本社に連れて来るんだ。逃げ出さないように猿田の地下室に閉じ込めておけ。拘束具なら山ほどあるんだから、逃げ出さないように縛りつけといてくれ」 「で、どうするんだ。裸にして猿田に鞭で打たせるのか。蝋燭で熱い熱い言わせるのか」 「ふざけてるのか。まさかだよな。よしてくれよ。時間と鞭と蝋燭がもったいない」 「どうするつもりなんだ、佐々木愛奈を」 「僕とおまえと猿田と屋久と久藤と三川が見ている前で、佐々木愛奈に、彼女自身の罪の精算をさせるんだよ。拳銃でな」 「拳銃自殺させるのか。本気か」 「本気だよ。ヤクザの威力を笠に着ていじめの黒幕になるような女には似合いの死に様だろう」 米国の連邦警察FBIの統計によれば、一般的に女性は自死を遂げるに際して銃器は使用しない傾向にあるのだという。 理由は明らかだ。 綺麗に死ねないからだ。 頭部や顔面に銃弾を撃ち込まれたグロテスクな姿で棺に納まるなど、並みの女ならば絶対に耐えられない。若原敦士は佐々木愛奈に対し、考え得る中でもっとも過酷な罰を科すつもりなのだ。
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