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「ところで、杉本は俺に正体を隠しているわけだが……」
「うん。それで?」
「おまえにだけは、正直に正体を明かしたというのか。自分は銃の売人で、殺し屋なのだと」
「正体を明かすも何も。売人の杉本に銃を卸してやってるのは僕の組織だぞ。相手がどんな輩か知らずに商品を供給するほど僕は酔狂じゃない。杉本のことなら徹底的に調べてある。杉本に関して僕が知らないことは何もない」
なるほど。若原の組織は基本的に小売りをやらない。素人を相手に麻薬や銃を直接売り捌くのはリスクがありすぎるからだ。若原と若原の組織がビジネスの相手をするのはプロの密売人だけだ。輸入した商品のほとんどすべてはプロの売人たちに卸売りする。杉本はそういったプロの小売業者である密売人たちの中のひとりなのだ。ならば、それならそれで、若原が杉本の身辺調査をやっていないはずがない。すなわち若原は杉本の正体を知っていて当然ということになる。
「杉本は確かに変なやつだけど、銃の売人にも見えなかったし、殺し屋にも見えなかった」
「変なやつね」
若原は微かに首を傾げた。
「杉本を舐めてかからないほうがいい。杉本は悪霊の化身みたいな恐ろしい奴だよ。あいつは生まれついての殺し屋だ。それが僕たちの中学時代の同級生杉本の正体さ」
同窓会の席でひとりだけ臆することなく堂々としていた杉本が脳裏に浮かんだ。納得だ。ビジネスを通じて若原と繋がっている上に、杉本自身が銃の売人であり、そして職業的殺し屋なのだ。同窓会。若原敦士の神隠し執行宣言。職業的殺し屋の杉本にすれば、あれぐらいの騒動の何が恐ろしいものか。人殺しの杉本にとっての同窓会のあの騒動は、ただの座興程度のものに過ぎなかっただろう。
「ということは、つまり」
「そうだ。白いレクサスの不倫カップルとやらは、まあ普通に考えれば、殺しの標的だよ。今頃はもう男女ふたり揃って杉本になぶり殺されてるんじゃないのか」
「そうかも知れんが、心が痛いから今回の仕事を最後にするようなことを杉本は言っていた。もしかしたら殺しを思い止まったかも知れない」
「なるほどな」
若原敦士は苦く笑って見せた。
「杉本は人を殺す前に、必ず言うんだよ。心が痛いから今回の仕事で最後にする。これが俺の引退セレモニーだ、とな。なあ斎藤。おまえはもう少し言葉の裏を読んだほうがいいよ。おまえはピュアすぎる。でもまあ、おまえのそういうところ、嫌いじゃないけどね」
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