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小夜はサッと口から手を離して、制服のベストのボタンに触れる定位置で手を重ねる。そして迷った末に、こう返した。
「……お仕事、頑張ってください」
奏介がキョトンとして、しばらく間が空く。
「ありがとう。君たちもね」
眉を下げ、くしゃっとはにかんだ彼の姿が完全に見えなくなった後。小夜は大きく息を吐いて、カウンターにヨロヨロと突っ伏した。
お仕事頑張って? 何だそれは。親を見送る小学生か。
──でも社長のはにかんだ顔、可愛かったな……。
はにかむと少しだけ幼く見えるところに、年上ながらキュンとくる。
それに最後、『君』ではなく『君たち』と括ったのは、隣にいる安坂へ配慮したからだろう。
──やっぱり凄いな……私の好きな人は。
そう思って、ドキッとした。そっか……好きな人なんだ、と頬が緩む。
「キラッキラですねぇ」
穏やかな微笑みを浮かべて仕事に取り掛かり始めた小夜を、安坂はによによと見ていた。
昼休憩の過ごし方も、今日から少し変わった。
いつものように奏介と練習室で会うのも、弁当を持っていくのも変わらない。変わったのは、小夜が彼にピアノを教わるようになった、というところだ。
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