雨ふり、のち、君

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 仕事終わり、ビルのエントランスへ向かう途中で革靴の先がひっかかり、駆け出すみたいにつまづいた。  あとからエレベーターを降りた人たちが次々と追い抜いていく。紘睦(ひろむ)は膝に手を当て大きく息をついた。  スーツ姿で転ぶなんて恥ずかしい。しかも何もないところで。疲れて身体が重かった。あやしいと思っていた熱が徐々に上がってきた気がする。  気を取り直し、エントランスを抜ける。  街は明るすぎるので、日が暮れていてもどんよりした雲が流れていくのが見える。十月に入りようやく風が秋らしくなったのに、今夜は風情を感じる余裕もなかった。駅に向かって歩き出す。とにかく早く帰って、ベッドに横になりたい。  願望とは裏腹に、駅までの道のりは普段の倍以上の体感だ。ようやく列車のシートに収まった時にはぐったりしていた。  鞄のポケットがブブ、と短く鳴る。取り出して画面に浮かんでいたのは櫂成(かいせい)の名前だった。  ──今日行ってもいいか?  月に何度か、紘睦の家に来て二人で飲む。その誘いだ。  櫂成は高校の一年先輩で、卒業以来疎遠になっていたが、ちょうど一年前、偶然再会した。何度か誘われるうちに、定期的に会うようになり、いつのまにか家飲みばかりになってしまった。  高校生の頃、紘睦は櫂成の親友が好きだった。  報われないと思いながらも、少しでも親しくなりたくて、できる限り毎日、下校時間に待ち伏せて声をかけていた。  一緒にいた櫂成が紘睦を気に入ってくれて仲良くなり、休日に三人で出かけたりもした。もっとも彼に彼女ができてからは、ほとんど櫂成とばかりいたのだが。
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