雨ふり、のち、君

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 部屋の扉が開き、人が入ってくる気配がした。目を開けていなくても櫂成だとわかる。  一歩ずつゆっくりと足音を立てないように近づいてくる。なんだろう、とぼんやり思っていると、紘睦の首元に手を差し入れ、そっと頭を持ち上げた。降ろされたときには、ぬるい枕が冷たくなっていた。ふうっと身体の力が抜ける。櫂成が替えてくれていたのだ。  少し下がったか、と櫂成が顔のすぐ上でつぶやいた。目を開けるタイミングを逃してしまい、寝たふりを続けた。ややあって頭の横あたりのスプリングが沈む。 「あいつにけしかけられて、よかったのか悪かったのか……なあ」  独りごとのようだが、最後だけ紘睦に呼びかける。あいつとは、あの男のことだろうか。寝返りを打ちながら声のする方を向き目を開けた。仄暗い明かりの中、ほんの数センチのところに櫂成の顔があり、驚いた。櫂成も軽く目を見張る。 「起こしたか」  基本的に落ち着いている印象の櫂成が、若干身体を引きながら、めずらしくややうわずって尋ねた。 「今、何時?」 「ん……四時すぎたとこだ」  見れば床に敷いた布団の上に座っている。寝具をしまっている押入れは一階の奥なので、階段を上がって運ばねばならない。 「わざわざここで寝てくれたの?」 「こっちの方が効率いいだろ」 「……ありがとう」 「……どうしたしまして」  優しさが照れ臭くなり、沈黙してしまった。 「起こして悪かったな。おやすみ」 「あのさ……けしかけられたって?」  櫂成の動きが止まったが一瞬で、背を向けて床に入ってしまう。 「それはまた今度」 「気になって眠れないよ」  ごまかされたような気がして、半身を起こした。さっき言っていたあいつとは誰なのか。今聞かなければうやむやになりそうで、不安が紘睦を動かした。頭の芯が少し痛み、身体がほんの少しぐらつく。いや、それよりも今ここで聞かなければ。
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