雨ふり、のち、君

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「お前が気になる返事するからだ」  駄目、とひとことしか送らなかったからか。普段なら断るにも簡単に理由を書いている。今日は気力もなかったし、体調が悪いと知らせたくなかった。  それに数日前に見てしまった。ちょうど駅を出たところで、櫂成がスーツ姿の男と肩を寄せ合って居酒屋に入っていくところを。櫂成がこの辺りで一番気に入っていると言っていた店だ。友人かもしれないが、それにしては距離が近かった。お互い同じ駅を使っているのだから、見かけたっておかしくはないし、簡単に聞けることなのに、不安が邪魔をして確かめられずにいた。多分それも、素直になれない原因になっている。 「悪かったよ。ほんとに無理なんだ。また今度にしよう」  実際に見て事情もわかったはずだ。 「ごめん。着替えてくる」  立ち上がって、櫂成から通勤鞄を受け取り、二階へ上った。会いたいと思っていたところへ来てくれたのは嬉しいが、帰ってもらうほかない。  嫌な汗をシャワーで流し、髪を乾かして居間へ向かう。明かりがついていて、キッチンから物音がしていた。 「帰ってなかったのか」 「飯作るのもきつそうだと思って」  慣れない雰囲気で櫂成がコンロに向かっている。一人用の土鍋がくつくつ音を立てていた。 「そっちで待ってろ。身体冷やすなよ」  言われた通りに部屋からもってきていたカーディガンを羽織り、櫂成が出した熱い緑茶をすすって待っていた。測った熱は三十八度ちょうど。  ため息をついて座卓に頬をくっつけ、目を閉じる。こうして誰かが台所にいる気配を感じるのは久しぶりだ。  母が離婚し、実家であるこの家に戻ったので紘睦は三歳からこの家で育った。高校生になり母の再婚と同時にこの家を離れたが、祖母が亡くなり、この家をどうするかとなったときに、紘睦が住みたいと申し出た。  子供の頃熱を出した時の、だるいけれど見守られているような安心感を思い出す。 「紘睦、大丈夫か」
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