雨ふり、のち、君

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「ああ、うん。大丈夫」  土鍋が目の前に見え、その向こうの櫂成が心配げな表情をしている。鍋つかみをはめている姿が可愛く見え、ふっと吹き出してしまった。 「何笑ってる」 「なんでもない」  頭に響くので笑いを収めた。  いつのまにか置かれていた鍋敷の上に土鍋を据える。茶碗とれんげが揃っていて、豆皿に梅干しもある。 「いただきます」  手を合わせ土鍋の蓋を取った。湯気の中から卵がゆが現れ、嬉しくなる。熱が出たといえば、紘睦にはこれだった。ゆっくりとした動作でれんげですくい、息を吹きかけて冷まし、口に運んだ。 「おいしい」 「そうか」  櫂成は満足げだ。食欲なんてないと思っていたが、身体は欲していたらしい。土鍋の中身は思うより早く減っていく。 「お前、こんなときでもシャワー浴びるんだな」 「気持ち悪いし」 「いや、そこは省くだろ」 「すっきりして、気持ちよく眠れるから」 「なにがすっきりだ。玄関でくたばってたくせに」  う、と詰まって上目遣いに櫂成を見る。しらっとした視線にぶつかり、それとなく目をそらした。 「まあ、三十分して出てこなかったら、素っ裸を覗きにいく予定だったけどな」 「な……」  櫂成がにやっと笑う。男が男の裸を見てもどうということはない。見たいなら見れば、といつもなら簡単にかわせるのに、今日はうまくいかなかった。元々の体温に熱が加わり、顔が真っ赤に染まったのがわかる。紘睦は少しうつむいた。 「……櫂成、夕飯は?」 「俺は食べた」  櫂成はそう言ってカーテンの閉まる窓を向く。 「止まないな」  静かな雨の音が今も続いていた。玄関で紘睦が寝ていた時にはもう降り出していたから、櫂成はこの雨の中わざわざここに来たのだ。嬉しい。けれど何のために、とぼんやりとした頭で疑問に思う。
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