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大丈夫だ、と櫂成から聞きはしたが、心配でならなかった。見舞いの言葉だけでも伝えたいが、彼の連絡先すら知らない。
待ち合わせの駅で櫂成は紘睦の顔を見るなり、ごめんな、と軽い感じでぽんとキャップをかぶる頭に大きな手を置いた。
「なにが?」
「あいつ来れなくて」
俺はおまけだったのにな、とついでのように口にする。はっとして頭半分ぐらい高い櫂成の顔を見上げた。表情から皮肉ではないことはわかった。
「おまけなわけないじゃん」
櫂成が自分を蛇足のように言うのが腹立たしく、しかし図星なので子供っぽい早口になる。
物足りなさは櫂成と過ごすうちに消えていった。
太陽が照りつける海岸をただただ歩いたり、疲れてかき氷を食べたり、急などしゃぶりで小さな商店の狭い軒を借り雨宿りしたりした。
楽しい分後ろめたく、翌日赤くなった腕を冷やしながら、おまけだと言った櫂成に申し訳なく思った。
櫂成は紘睦の気持ちに気づいていたのかもしれない。紘睦のために、無理のない範囲で彼との時間を作ってくれていた。それなのに奥底では、いま二人きりならいいのに、などと身勝手なことを何度も考えた。
だるい身体を捻るように寝返りを打ち、こめかみを冷たい枕に押し付けた。幼く苦い記憶が、眠っているのか覚醒しているのかわからない意識の上に断続的に上って途絶えた。
十年ものブランクがあるうしろめたさを引きずって、素直になれずにいた。そうこうするうちに別の男が現れて、ショックで、拗ねて、焦っている。
周波数の合わないラジオに似た雨音が窓を隔て遠く聞こえている。
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