山神ダンデム

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「いらっしゃいませー‥‥って、なんだ孝弥か」  立ち上がった店員は、よく見ると幼馴染の斉藤賀子(さいとうかこ)だった。  ここでバイトをしているなんて聞いてないぞ。おれは内心慌てながら財布を取り出す。とはいえ、山の神の姿は見えないはずだし、別に心配しなくていいかなと思い始めたところで、「ねぇ」と言った賀子の視線が、おれの肩のあたりで止まった。 「あんたよく見れば泥だらけじゃない。どこ行ってきたのよ」  良かった。やっぱり見えてなかった。ホッとして自分の肩を見ると、枯れ葉がついている。それだけじゃない。着ているパーカーもジーパンも泥だらけだし、白かったスニーカーは茶色くなっていた。あれだけ転べば当然か。おれはパーカーについた泥を払いながら、「どこって銀冠山だけど」と答えた。すると、買ったものを袋に詰めていた賀子が、ぎょっとした顔でおれを見る。 「は?」 「だから銀冠山だって」 「‥‥銀冠山って、あんたもしかして知らないの? 今日は神様が棚卸しをする日だから、絶対入っちゃいけないんだよ!」  そういえば、賀子の父親は森林調査の仕事をしているんだった。森林調査とは、森の伐採や植林をしながら、里山の整備をする仕事だ。そんな父親がいれば、伝承や山岳信仰にも詳しくなるだろう。 「大丈夫? 変なもの見たりしなかった?」  心配そうな声でそう言って、賀子はおれの顔を覗き込んだ。変なものを見たうえに連れて来てしまったおれは、「べ、別に?」と思わず声が裏返ってしまう。
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