山神ダンデム

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◯ 「ギターばっか触ってないでちゃんと勉強してるの? せっかく国立も合格圏内に入ったんだから。ここで手を抜いたらだめよ」  朝食の席に着いてすぐ、台所のほうから強い口調で、母さんが言う。 「はいはい。手を抜いたら父さんみたいになるって言いたいんでしょ?」  小さな楽器工房を営んでいた父さんは、おれが六歳のころ、客の女と浮気して家を出て行った。おれは別に恨んではいない。恨んではいないけれど、母さんは離婚してからちょっと神経質になった。 「あら、ちゃんとわかってるじゃない。そうそう。孝弥(たかや)は今のうちにいっぱい勉強して、いい大学に入っていい大人になるの。反面教師ってやつね」  そう言って、母さんはテーブルに千円札を二枚置いた。 「今日お母さん帰り遅くなるから。夕飯、適当に済ませておいて」 「えっ、日曜なのにどっか行くの?」 「おじいちゃんの猟友会が集まりをやるらしいのよ。今日は銀冠山(ぎんかんむりやま)の祭日でしょ? みんなで酒盛りしながら山の神様を労うんだって。その給仕係で呼び出されたってわけ」  近所にある銀冠山は、地元の人たちから霊山と崇められている山だ。  詳しい由縁は知らないけれど、色々と奇妙な噂は耳にする。中でも有名なのは、祭日は絶対に山に入ってはいけないというものだった。  なんでも山の神さまが木の棚卸しをするため、山に入ってしまうと、間違えて数えられてしまい、その帳尻合わせで木に姿を変えられてしまうらしい。  その祭日というのが今日、十二月十二日である。
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