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驚いて振り返ったが人の姿は見えない。
気のせいかと思って視線を戻すとまた、「ここのそじあまりやっつ」と、何者かの声がした。
再び振り向こうとした瞬間。
「ここのそじあまりここのつ。おや、なぜ祭日に人がいる。木と間違えて数えてしまったじゃないか‥‥仕方がない。面倒だからお前も木にしてしまおう」
そう、耳元で低い声がした。
祭日に山へ入ると、木に変えられてしまう———あの噂が頭をよぎり、恐怖が一気に込み上げてきた。おれは咄嗟に一歩踏み出すと、一目散に駆け出した。
受験で追い詰められていたとはいえ、軽はずみに山へ入るべきではなかったのだ。
途中、何度も転びながらやっとの思いで下山し、そのまま停めておいた自転車へ飛び乗る。息を整えてペダルを踏み込むと、再び「おい人間」という声が聞こえ、やがて荷台が重くなるのがわかった。その後ろにいる何かは、性別不明の低い声で「好みの木はあるか」と聞いてくる。そして、耳元まで近づくと、「楓なんかはどうだ」と、冷たい息を吹きかけてきた。
「うわーっ!」
あまりの恐怖で頭がどうにかなりそうだった。
目を閉じて震えながら、「本当にすみません。反省してます許してください。ちょっと魔が差しただけなんです。なんでもしますから木に変えないでください」と呟いた。
すると何者かは考えるような間を作ったあと、「ならば、唐揚げが食いたい」と答えた。
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