3人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい?」
一瞬、自分の耳を疑った。
人ならざる者が、あの唐揚げを所望しているだと? そんなことがあるのか? いや、きっと聞き間違いに決まっている。
「ええと、もう一度確認しますね。あなたが所望しているのは、唐揚げ、で間違いないですか?」
「ああ、人間が言っていたので間違いない」
おれのことを揶揄っているのだろうか。
でも、こいつの機嫌を損ねて木に変えられるのも困る。
どうする? 唐揚げ買う? それとも逃げる? と、時間にして一分ほど悩んだあと、無駄な抵抗はしないことに決めた。
「じゃあ、唐揚げを買いに行きましょうか」
そう言って恐る恐るペダルを漕ぎ始めると、背後の何者かは「ホホホホ」と楽しげに声を上げた。
◯
冬の夕暮れは早い。
時刻はまだ十六時を回ったばかりだというのに、農道には夜の風情が漂っていた。おれは神経を研ぎ澄ましながら自転車を漕ぐ。万が一後ろの何者かを怒らせてしまったら、おれは木に変えられてしまうのではないか———なんとしてもそれだけは避けたかった。
「すみません。危ないんでしっかり掴まってもらえますか?」
「おい。誰にものを言っておるんだ馬鹿め。わしは山の神ぞ?」
「だったとしても、万が一のことがあったら怖いじゃないですか。念には念をってやつです」
「ふむ。それは一理あるな」
最初のコメントを投稿しよう!