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【 尚輝 】
【 尚輝 】
「ショウ!」
ショウは尚輝の芸名だ。
「MVの評判いいよ、SNSで騒がれてるぞ」
「マジですか?」
『さっきのアレ誰?』
『すごい歌上手いよね』
『なんで顔出ししないの?』
「って話題になってるらしい。この勢いで行こうぜ」
マネージャーの町田が言う。
昨夜歌番組で紹介されたミュージックビデオ。
同じ映像を合間に挟んだ車のCMも出来上がっていた。
「今日からアレ放送になるからな」
「はい!」
長かった……それぞれの事情が噛み合わず、当初組んでたメンバーは一人も残っていない。
やっと集めたメンバーで今の形ができた。
「顔を出したくない」
と言うのも使いづらい新人のイメージで、今回はシルエットとギターを弾く手のアップなどを出す事で手を打った。
「顔出ししたらもっと早く売れたのになぁ」
町田がボソッと呟いた。
「そしたらきっと潰されてたと思います」
「反対されてたんだっけ? 『潰す』って親父さんそんなスゲーの?」
「父親ヤベーんです。黙って家を出てきたんで」
宝石を扱う父親は芸能界にもそこそこ顔が効く。
『存在を知られていたら手を尽くして邪魔をされただろう』
「そういう事ならいつまで通用するかわかんないけど、まぁやれるとこまでやってみような」
「よろしくお願いします」
『あのままいたら確実に俺の夢は潰されていた』
大学に入った頃から〝跡取り〟ということで、得意先に連れ回されるようになっていた。
最終的に継ぐのは構わない……だけど、その前にどうしても『自分』というものを試したかった。
ライブハウスでスカウトされた事務所の社長に頼み込み、会社の雑用をしながらひたすら曲を書いた。
家を飛び出して来たことには何の後悔もない。
ただ桔花に黙って出てきたことがずっと心に棘のように刺さっている。
桔花……泣き虫桔花。
きっと俺がいなくなって沢山泣いただろう。
話せば止められる。
ソレを振り払う強さは自分には無いと思った。
物心着いた頃からずっと一緒に育った。
小さくて、可愛くて誰にも触らせたくないと守ってきた。
それが、友情でも兄弟愛でもない事を尚輝は知っていた。
桔花の事は今でも愛している。
だがソレを捨ててきたのもまた自分だ。
尚輝は右手の人差指に嵌めた少し歪んだシルバーの指輪をクルクル回した。
* * *
「尚くん、見て初めてちゃんと形になったんだよ。ホラここに桔梗の花を刻印したんだ」
桔花は尚輝に抱きつき膝の上にチョコンと座って言った。
「ほんとだ、カッコイイな」
後ろから桔花を抱え指輪を光に透かして見るように掲げた。
「小さいけど見える?」
「見えるよ、すごく良く出来てるじゃん。親父褒めてくれたろ」
「うん、パパはいつでも褒めてくれるけど、これは特によく出来たって」
父親の将輝は、自分の息子達には厳しいが桔花には一人娘を溺愛するかのように甘かった。
よく熱を出し、インドア派の桔花が『夢中になれるものを見つけた』と皆が喜んだ。
「……はい」
「ん?」
「これは尚くんの右手の人差指のサイズに作ったんだよ、嵌めてみて」
「え? いいのか」
そう言いながら、尚輝は指輪を嵌めた。
「いいに決まってんじゃん、ぴったりでしょ? 貰ってくれる?」
「当たり前だろ」
尚輝は桔花を強く抱きしめた。
「ありがとう、大事にする」
〝チュッ〟
尚樹がオデコにキスをすると桔花の頬がほんのり赤く染まった。
「俺はそんな桔花を自分の夢のために捨ててきた……」
誰にも邪魔されないくらい売れたら迎えに行く。
勝手な言い分だ。
それまで桔花は待っていてくれるだろうか。
もう既に俺に愛想を尽かして他の誰かと……。
声が聞きたい、この腕で抱きしめたい。
尚輝は今までも幾度となく桔花の電話番号を押そうとしては留まった。
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