【 シンガポール 】

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   * * *  翌日、桔花は両親とブランチを済ませてホテルに戻った。  真っ直ぐ最上階のスイートルームに向かう。  〝リンゴーン〟  キーは持っていたがベルを鳴らした。  しかし中から出てきたのは恭平ではなかった。 「あなた……どうして」  そこにはバスローブ姿のエマが立っていた。 「そりゃあ、今度のCMには僕がでてるんだからオープンには招かれるよ」 「そうですか。だけど何で……」 「あんたこそまだ恭平に纏わりついてたんだね。赤坂で会った子だよね?」 「え、ええそうです」 「恭平の気まぐれにも困ったもんだな」 「それで……あの、ここで何を」  黙っているエマを押しのけて桔花は部屋に入ろうとした。  するとエマが桔花の肩を抑えて言った。 「今は入らないほうがいいんじゃないかな」 「どういうことですか」 「恭平が裸で寝てるのを見るのはさすがにショックでしょ?」  〝フフッ〟と笑いながら桔花に言った。 「え……」 「わからない? 僕と恭平は縒りを戻したんだよ、昨夜あんたが居ない間に。やっと僕の所に帰ってきてくれたんだ」  俄には信じがたい言葉が振ってきた。 「あの、とにかく恭平さんに会わせてください」 「疲れて寝てるんだから、可哀想だろ。あんたの荷物そこにあるから、とっとと日本に帰りなよ」  エマが指差す方を桔花が見ると、廊下にある柱の影に桔花の荷物が置いてある。  「恭平さんが、僕に帰るように言ってるんですか」  この状況に顔色を変えずグイグイくる桔花に腹を立てたエマが叫ぶ。 「あ、当たり前だろ! 裸で寝てるんだ意味わかるだろ。あんた大人しい顔して随分図太いんだな」  廊下にエマの叫び声が響き渡った。  『これ以上ここにいても彼の声が大きくなるばかりだ。オープン前に恋人が騒ぎを起こしたなんてことになったら……』 「わかりました」  桔花は荷物を持ってロビーに降りた。  一人掛けのソファに座り、そこで恭平に電話を掛けた。 「あ、恭平さん?」 「いい加減にしろよ、寝てるって言ってるだろ!」  電話に出のはエマだった。  そして受話口で叫んでいる。  『電話が側にあるって、恭平さんホントにあそこにいるんだ……どうして』  すると桔花の携帯に添付メールが届いた。  開けるとそこには、裸で眠っている恭平と下着姿のエマが写っていた。  一瞬周りの音が何も聞こえなくなった。 「どうしよう……」  暫く考えた後、桔花はスックと立ち上った。  そしてフロントのリーに言った。 「リーさん、この鍵ありがとうございました」 「桔花さん、またお出かけですか? キーはお帰りまでお持ちいただいて大丈夫ですよ」  さっき戻ったばかりの桔花に言う。 「あ、じゃあ預かっておいてください」 「わかりました」  そう言うとベルボーイに目で合図をして荷物を取りにこさせた。 「いってらっしゃいませ」  送り出してリーは思った。  『あんなに沢山の荷物を持って何処に行くんだ?』  桔花は車寄せに停まっているタクシーに乗り込んだ。  荷物を積み終わったのを確認すると運転手に言った。 「空港に行ってください」  
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