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「わかりました。では手始めにうちの式場などを見ていただけないでしょか」
「え?」
『手始めって。僕断ってるのに……』
「レストランやチャペルを見ていただいたら〝やってもいい〟と思うかもしれません。車で来ているのでいかがですか?」
「ああ、今日は天気もいいしドライブがてら行ってきたらいい」
「こ、これからですか?」
「そうだよ」
「それは社長命令ですか」
「そうだよ」
桔花は憮然とした顔で言った。
「安住くん帰りは家まで送っていただけますか?」
「もちろんです」
「勝手に話を進めないでください」
そうは言ったが、将輝の言うことには逆らえない。
* * *
「桔花さん、苦手な食べものはありますか?」
将輝に追い立てられ渋々安住に付き合うことになった。
「いえ、たぶん何でも食べられると思います」
「じゃあ、ランチはうちのレストランで構いませんか?」
「はい……」
桔花はハンドルを握りながら上機嫌の恭平に戸惑う。
目白の住宅地を抜けた所にそれはあった。
「すごい敷地ですね」
「夢の世界を演出するにはコレくらい必要なんですよ」
確かに少しガスった曇り空以外は東京であることを感じさせない。
「ランチを頼んであるので、まずは食事にしましょう」
「は、はい」
『ずっと一緒にいたのにいつの間に……』
* * *
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
恭平がロビーに入ると、支配人らしい男が出てきた。
「お客さんをお連れしたよ。桔花さんこれはウチでマネージャーを任せている坂口です」
「ようこそおいでくださいました」
桔花は小さく会釈をした。
「この方がchiccaのデザイナーの松田桔花さんだよ」
「おお、この方ですか」
小さくなっている桔花に話しかけてきた。
「社長こちらを……」
坂口は恭平に丁度両手で抱えられるほどの花束を渡した。
「これは桔花さんに」
「え?」
「お会いできた記念に……うちが使っているフローリストに作らせました」
「あ、ありがとうございます」
『ええ〜何これ』
眼の前に差し出されたものを渋々受け取る。
「シェフには話してありますので、ごゆっくりお楽しみください」
その男が深々とお辞儀をすると、恭平は桔花の腰に手を添えてエスコートをしてきた。
『何か恥ずかしいな……』
薄いピンクを基調にした高い天井、全面ガラス張りのレストランは暑いくらいに陽が注いでいる。
「うわぁ、素敵なレストランですね」
「ありがとうございます。味も気に入って頂けるといいんですけど」
恭平がそう言うと一皿目が運ばれてきた。
「どうぞ、召し上がってください」
「いただきます」
桔花は品良く一口目を口にした。
「これ、美味しい……」
桔花は前菜のスズキのカルパッチョを二度見した。
「よかった、気に入って頂けたらウチのシェフも喜びます。ウエディングが入って居ない時はどなたでもご利用いただけるレストランになっているんですよ」
「でも会場の予約とれないほど人気だと聞いていますよ」
「ええ、ありがたいことに。今日はウエディングが入っていなくてよかった」
「あの……変な事を聞いていいですか?」
「? 何なりと」
「いつここのランチをお願いしたんですか? こんな立派なお花まで。僕たちずっと一緒にいましたよね?」
恭平は少し困った顔をして答えた。
「城田社長に桔花さんが見えると聞いた時、少し失礼して電話を掛けました」
「え? じゃあ僕が行く前からここに連れてくるつもりだったんですか?」
「そうなればいいなぁ……と」
「だって無駄になってしまったかもしれないのに」
「あまり失敗することは考えないようにしてるんです。気に触ったら申し訳ない」
恭平はニッコリ笑いかけた。
桔花は呆気に取られた。
『事業で成功する人って、やっぱりすることが違うんだなぁ』
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