20人が本棚に入れています
本棚に追加
* * *
『そう、モデル志望なんだね。じゃあさ、君が自分の収入でご飯が食べられるようになるまで私と付き合わないかい?』
バーで声を掛けてきたのは恭平の方だった。
初めは売れるまでの金づるだと思っていたのに、エマはいつでも紳士な恭平をいつの間にか愛していた。
だが、エマに仕事が入りだしたと聞くと次第に冷たくなり一方的に別れを切り出してきた。
「君が売れるまでという約束だったよね、俺は面倒事はごめんなんだよ」
どんなに縋っても駄目だった。その顔はもうエマの知る優しい恭平ではなかった。
何とか立ち直り、仕事を熟した。
それなのに、たまたまレストランで見かけた恭平は見知らぬ男に満面の微笑みを向けているではないか。
それは嘗て自分にだけ向けられていた微笑みだった。
『腹わたが煮えくり返るってこういう事を言うんだな』
許せないと思った。
自分を捨てた恭平も、横でシレッと笑う男も。
事務所にアンジェリオのCM仕事が入っているのを知った時、自分にやらせてほしいと無我夢中で社長に頼み込んだ。
『接点さえあれば、もしかしたらまた……』
そう思っていたのに、ロビーで見かけた恭平はあの男を連れてきた。
自分が付き合っていた時には誰にも会わないようにコソコソ隠れて会っていたのに、あの男は婚約発表でもしそうなくらいオープンに連れ歩いている。
『何でこんな惨めな思いをしなければならないんだ』
【現在に戻る】
「……」
「そうだ、シャンパンを飲んだあの後から意識が混濁して……まさかエマお前」
「何? ここに戻ってきて僕達久しぶりに愛し合ったんだよ、それも覚えてないの?」
「まさか。そんな事あるわけない」
「酷いな、僕とまたやり直すって言ってとても情熱的だったよ。恭平、性生活に不満があったんじゃないの?」
「いい加減にしろ! そんな事あるはずないだろ」
『きっとあのグラスに何か入っていたに違いない』
エマが渡してきたグラスを思い浮かべる。
「は、早く出ていってくれ、桔花が戻ってくる」
「あの子ならもう出て行ったよ」
「何言ってる、桔花は今……」
そう言いながら、桔花の荷物を探した。
『荷物がない……』
エマは壁に寄りかかり腕を組んで恭平を見ている。
「お前いったい何がしたいんだ。俺を陥れようとしてるのか、写真誌にでも売るつもりか」
最初のコメントを投稿しよう!