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一休みした後、光輝の運転で九段にある動物病院へ向かった。
「きっちゃーん!」
入口を入って聞こえたその声に桔花がビックリして振り返る。
声の主は凛だった。
「凛くん!」
凛は思い切り桔花に抱きついた。
そう言えば、光輝と早苗の他に一人『きっちゃん』と呼んでくる後輩がいた。
「あー俺きっちゃんに会いたかったよぉ」
「お前ふざけんなよ! 離れろ!」
光輝が二人を引き剥がす。
夏子はびっくりして固まっている。
「何だよいいだろ。こいつ絶対きっちゃんに会わせてくれないんだよ」
「そうなの?」
「当たり前だろ。こんな体中猛毒なチャラ男に会わせるか」
「これだよ。俺なんて毎日ワンちゃん猫ちゃんのお世話に明け暮れてる真面目な獣医師なのにさ、きっちゃんに癒やされたいという微かな望みも断ち切られれるんだよ」
「そんなの初めて聞いたよ。凛くんが獣医さんになったのも今日聞いたんだよ」
「ホントさ、光輝は昔からきっちゃんを誰にも見せたくないんだよ」
桔花はチラリと光輝を見る。
「早く連れてけよ!」
光輝が話を変えようと割って入る。
「あ、そうだ。ウルフくんね、こっちだよ」
「先行ってて、俺院長先生に挨拶してくるから」
桔花の背中を軽く押して、光輝は別れた。
ウルフは酸素ボンベが繋いである箱が並んでいる部屋にいた。
「よく眠ってるね」
昼間見た息苦しそうな様子はなかった。
「ホントだ。よかった……」
「きっかけは何かわからないけど、肺に菌が入ってしまったみたいだよ。今は抗生物質と気管支拡張剤、脱水症状を緩和するものが点滴に入っているよ」
「それでまた元気になるの?」
「断言はできないけど、この回復ぶりだと大丈夫じゃないかな。投薬の管理が必要だから暫く入院になるけど、それは平気ですか?」
凛は夏子を見た。
「保険には入ってますか?」
動物の治療にはお金が掛かる。
「保険・・・いえ、あ、でもお願いします」
すると夏子の匂いに気づいたウルフが鼻をピクピクさせて目を開けた。
〝クゥ〜ン クゥ〜ン〟
力なく鼻を鳴らす。
「ウルフ、私よ。こんなになるまで……ごめんなさいね。少し楽になった? もう少し頑張って治してもらおうね」
凛が少しだけ扉を開けると、夏子はそこから手を擦り込ませてウルフの顔や手を撫でた。
〝クゥ〜ン〟ウルフは少しだけ舌を出してその手をペロペロ舐めた。
「ウルフ、僕だよ桔花。わかる? 元気になるから大丈夫だよ」
ソレを聞くと、再び眠りについていった。
「眠っちゃったね。じゃあ行こうか」
夏子に言う。
病院の受付の前で光輝が待っていた。
「きっちゃん連絡先交換しようよ」
凛が光輝に聞こえないように囁き、光輝に見つからないように自分の名刺を桔花のポケットに捩じ込んだ。
「え?」
凛を見た桔花に〝シッ〟と唇に人差し指を当てた。
ソレを後ろから見ていた夏子が桔花に言った。
「桔花はホントにモテモテなのね。そんな貴方を……兄さんは身の程知らずだったわね。私も安易に貴方と兄さんが上手く行けばって思って……ごめんなさい」
「なっちゃん、謝らないで。そういうのは片方だけが悪いわけじゃないんだよ」
すぐに光輝が側に寄ってきた。
「何してんの」
「何でもないよねぇ」
凛が同意を求めた。
「う、うん。光ちゃん院長先生とは?」
「終わったよ。先が見えるまで預かって貰えるように頼んできた」
「あ、ありがとうございます」
「凛、急患を対応してくれて悪かったな、兄ちゃんにも宜しく言ってな。そのうち埋め合わせするから」
「いえいえ、その時はきっちゃんも一緒に連れてきてね」
「バーカ」
「凛くんありがとう」
その後ろにいた夏子は深くお辞儀をして帰っていった。
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