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「お待たせしました、あらウルフそんなところにいたの」
夏子がお茶を淹れて入ってきた。
「初めて会う人にそんな懐くなんて珍しいね」
「これ懐いてるんですか? 見張られているのかと思いました」
「ええ? ハハハ懐いてるのよ。知らない人と二人きりになんて、ましてそんな足元にくっついてなんて……初めてじゃないかしら」
「ウルフっていうんですか、犬……ですよね」
桔花は夏子に〝懐いている〟と言われ、そうっと背中を撫でてみた。
ウルフの片耳がピクリと桔花に向いた。
「プッ、ハスキー犬よ」
「すいません」
自分の無知を笑われたようで下を向く。
「ところで松田くん」
「はい」
「私は高校二年三年同じクラスにいた『安住夏子』です」
「ええ! ごめんなさい。僕休みがちだったからクラスメイトの名前はほとんど……」
「そうよね、あなたにはずっとナイトが付いていたから誰も近づけなかったしね」
「ナイト?」
後ろから入ってきた恭平が聞く。
「城田先輩が毎日クラスまで送り迎えをしてたのよ。先輩が卒業したら今度は城田弟が入学してきてピッタリ」
「ハハハ。あの頃はよく熱を出していたので、二人が付いていてくれたんです」
「あれはそういうんじゃないわ。『桔花に近づくな』って態度だったもの」
「そんなことないよ」
「あなたと友達になりたかったのは私だけじゃなかったはずよ」
「え……ごめんなさい」
「違うの、責めてるんじゃないのよ」
「その話を聞いていたから、あなたの事にはとても興味がありました」
恭平が言った。
「興味……」
「失礼、言葉が悪いな。一度お会いしたいと思っていたんですが。夏子の言う松田くんとデザイナーのキッカが同一人物だとは思いませんでした」
「ねぇそれより、これ見て」
兄の言葉を遮り、夏子はトルコビーズで飾られた小さな箱の中から指輪を出した。
「コレ、僕が作ったものだ……どうして」
どんなに昔のものでも自分の作ったものはわかる。突然見せられた自分の作品に心臓が跳ねた。
「学園祭の時、クラスでクイズ大会をしたんだけど、景品が足りなくなっちゃって困ってたらあなたがコレを出してくれたのよ」
「じゃあ夏子が優勝したの?」
「ううん、クラスの子は参加権ないもの。結局それから全問正解はいなかったの」
「じゃあいらなかったんだね」
「返そうと思ったら、あなたもう帰っちゃって……そのまま仕舞い込んで卒業してしまったの」
「そんな事あったっけ……」
桔花には全く記憶になかった。
その頃の桔花は、食事の時間以外は闇雲にアクセサリーを作っていたので『困っている』クラスメイトにかばんの中に入っていたものを差し出したのかもしれない。
「ようやくお返しできるわ」
「そんなのを大事に持っていてくれたの?」
「勿論よ、貴方との唯一の思い出ですもの」
友達というものを実感したことのない桔花は少し胸が熱くなった。
「あの……それ、よかったら貰ってくれる?」
「え? いいの?」
「あ、でもサイズが合わないかな。もし使ってくれるんなら僕がサイズ直すよ、どの指に付ける?」
「ありがとう〜 桔花の指輪を貰えるなんて感激よ。そうね、左の人差し指かな」
「そこにつけてるリングがあったら借りたいんだけど」
「じゃあコレ」
夏子は自分の指からリングを外して桔花に渡した。
「ほら、ここにも桔花さんのファンがいますよ。是非才能を発揮してください」
「兄さんもしかして桔花を口説いてるの?」
「そう、ウチで扱いたいって……夏子からも頼んで」
「アンジェリオでchiccaを扱うなんて素敵だわ」
合わせた掌を頬の横に摺合せうっとりした顔を見せた。
「いえ、お断りしたんです」
「え? どうして?」
「僕は仕事が遅いので納期の決まったものは受けていないんです。ましてや結婚指輪なんて……」
「そうなの、残念だわ」
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