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【 序 】
【 序 】
「あ、これ尚くんだ……」
テレビを見ながらみかんを食べていた桔花は〝ポロッ〟っとソレを落とした。
細身の男がギターを弾きながら歌っている。
歌番組の中で話題のバンドをピックアップするコーナー。
バンド名は〝Looop《ループ》〟
ボーカルとリードギターの名前は〝ショウ〟
スモークや照明で顔が映らないように撮られたミュージックビデオだった。
「何言ってんの、あの子がテレビになんか出るわけないでしょ」
母親の早苗が言う。
そう言い放った早苗に桔花はションボリと黙った。
「きっちゃんが兄貴を間違えるわけないじゃん」
帰宅したばかりの光輝が、リビングを通りながらそう言った。
「あ、光ちゃんお帰り」
光輝に気付いた桔花が声を掛ける。
「じゃあコレ尚輝だっていうの?」
「音楽をやりたくて出てったんだから別に不思議はないだろ」
「カッコイイね……ホントに遠いところに行っちゃったんだね」
桔花は小さな声で呟いた。
「きっちゃんはさあ!」
光輝は噛み付きそうな声で言った。
「なに?」
「……なんでも無い」
光輝は言葉を飲み込んだ。
「光ちゃん何怒ってるの?」
桔花の家は隣にある。
桔花の両親と光輝の両親は旧友で、海外を飛び回る実業家の両親が留守の時にはここに預けられている。
〝一人は危ない〟という理由で、桔花の部屋もここにはある。
「尚くん」とは、二歳上の幼馴染、城田尚輝のことである。
一つ年下の弟の光輝とも仲は良く、桔花にとってここは自分の家のようなものだ。
* * *
尚輝は大学生の頃、会社を継ぐために仕事を手伝わせようとする父親に反発して家を出て行ってしまった。
それから五年の月日が経っていた。
尚輝からの連絡は一度も無く、どこに住んでいるのかもわからない。
そして今、桔花はテレビの中に尚輝を見つけたのだ。
『そうだよ僕が尚くんを間違えるわけないよ。だってあの指輪……』
桔花は心の中でそう言った。
〝コンコンコン〟
桔花が光輝の部屋をノックする。
「光ちゃんご飯は?」
「いらない。腹減ってない」
「えー、早いって言うからママと待ってたのに」
「じゃあ食べるよ」
「いいよ、無理して食べなくても」
そう言ってブツブツ言いながら桔花は部屋を出ていった。
〝グ〜〟
本当は腹が減っている。
会議が一つ飛んで、久しぶりに夕飯時に帰れる事になったので、急いで帰ってきた。
しかし家に入ってすぐ、顔も映っていない兄の画面をうっとり見つめる桔花に腹が立って閉じ籠もってしまったのだ。
「あいつは俺達を……きっちゃんを捨てて行ったのにあんな惚けた顔しやがって」
桔花が尚輝の事を好いていることはわかっている。
二人の間に自分なんかが入る隙きはないことも……。
でも兄は出ていった。
「クソ兄貴!」
居なくなっても桔花を翻弄する尚輝に腹が立って仕方がない光輝だった。
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