対峙

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対峙

客間の襖を開けると、耳がキンキンとするような声が響き渡る。 「ちょっと、結納金はいつ入るの!?」 私たちの顔をみるなり噛みつくかのように叫んだのは後妻だった。 そして後妻の隣には、ヒメ。後妻を尻目に私の顔を睨み付ける。 ヒメは鬼の長に嫁ぎ、財力と権力を手にするはずである。なのに、やっと人並みの幸せを手に入れた私を、どうしてそんなにも睨むの……? 「私を誰だと思ってるの!?私の旦那さまにかかれば、蜘蛛なんてあっという間に屠ってくれるのを分からないの!?」 続けて叫んだのはヒメだった。 しかししずれは2人の剣幕に怯むことなく告げる。 「……はぁ、何の用かと思えば。結納金ならもう支払った」 そう……なの?知らなかった。 「いつよ!?私は受け取っていないわよ!」 後妻が吠える。 「は?何故お前に渡さねばならない」 「主人も受け取ってないって言っているわ!妖怪ならば、花嫁を提供した見返りに結納金を払うのは当然でしょう!」 提供、て。花嫁を何だと思っているのだろうか。自分の娘だって、花嫁になるであろうに、この後妻は。それとも自分の娘だけが特別だと思っているのだろうか。 「結納金と言うのは、見返りではない。花嫁を迎える妖怪が花嫁を娶るまで大切に守り育てた花嫁の家族に支払うものだ」 それって……もしかして。 私があの家で家族と呼べたのは、おじいちゃんとねこさんと、にゃーちゃんだ。それならばその結納金……もしくはそれに当たるものをもらうのは彼らのはずである。 「そうよ!ここまでふゆはを育ててやったじゃない!」 「離れに追いやって冷遇することが、育てた、だと?」 そのとおりである。私は後妻に育てられた覚えはない。 「そ、れはっ!あの子がヒメを虐めるからっ!」 「逆だろう?それに、俺は貴様も共に嫌がらせに加担していたことを知っている」 しずれ……っ。 「どこにその証拠が」 後妻が高を括るが、しずれが退くことはない。 「今、呼んでやろうか?蜘蛛は人間が暮らしている周りにごまんといる。更には小さな虫やらその類の生き物もな。知っているか?俺たちは総じて虫系妖怪と呼ばれ、俺は彼らのトップであり、彼らを通じて色々な生物に呼びかけ証拠を揃えられる。俺が呼びかければすぐさまこの部屋に湧くぞ」 「わ、わくって?」 何がだろう……? 「はぁ?決まっているだろう。広大な月守の屋敷に生息している……昆虫、蜘蛛、ミミズやヤスデとか、色々」 あ……そう言うこと……! 『きゃあああぁぁぁぁぁっっ!!!』 まだ湧かせてもいないのに、息ぴったりな悲鳴をあげて抱き合い泣き叫ぶ毒母娘。 全て自業自得でしょうに。 「心配するな、ふゆは。結納金ならば、それぞれ、欲しい褒美を聞いている。蛇には酒を。ネコハエトリには花の苗を。にゃーちゃんにはお菓子を与えた。ただ金が欲しいとほざくコイツらとは雲泥の差だな」 そしてしずれがこそっと私に耳打ちをしてくれる。うん、私の家族に、渡してくれたんだ。 「ありがとう」 みんなきっと喜んでくれただろう。しずれにそう礼を述べるが、そこにまた不快な声が紛れ込む。 「私たちにも渡しなさいよ!」 「その資格はない」 「そんなことってないじゃない!金づるの蛇まで奪って行って!」 「神気さえ纏う蛇を金づるとは、酷いいいようだな。あの爺さんが月守を見限ったのも分かる」 妖怪と古くから親交のある人間の家は、妖怪の力のおこぼれをもらって繁栄してきた。妖怪たちにとってもそれは、時に良い隠れ蓑になるから。 月守もまた、そんな縁起のいい蛇の力を借りて繁栄してきたのだろう。 それがなくなったなら、一気に落ちぶれる。その蛇の力で成り上がって来た部分が、一気に。それも、蛇に盛大に嫌われて出ていかれたとなれば、その被害は甚大じゃない。 「むしろ、それが結納金じゃないか。今までふゆはを冷遇し、虐めた分を今、返しているんじゃないのか?」 それもおじいちゃんが残した一種の結納金ってこと……?むしろ結納金と言うか……お礼参り金。 「何ですって!?鬼の長も黙っていないわ!娘は鬼の長に嫁ぐ花嫁よ!?」 うぅ……また、鬼の長の権威を使う気……。 「……は?だから何を言っているんだ」 しかししずれは気にも止めない。 「そこの小娘が鬼の長に嫁ぐ?なぁに?その夢物語は」 そしてずっと情勢を見守っていたホウセンカお姐さんが笑う。ヒメたちが鬼の長の名前をあげても、まるで相手にしていないようだ。 「何よ!アンタたちの失礼な物言い、鬼の長さまに言いつけてやるんだから!」 ヒメが吠える。 「勝手にしてみたらどうだ?そもそも、鬼の一族からの支援金も入っているだろうに」 そうよね……。普通に暮らしても贅沢ができるような金が、振り込まれているはずだが? 「足りるわけないじゃない!」 一体どう贅沢三昧すれば、足りなくなるのだろうか。 「一体どこで分かれてしまったのかしらね。ふゆはちゃんは月守の血を引きつつも、あなたの血を受け継いでいるのでしょうね」 ホウセンカお姐さんが、旦那さまを見ながら悲しげに告げる。え……?ホウセンカお姐さんの旦那さまは……まさか。 「……だったら、鬼に強請ったらどうだ?ウチにゆすりに来たことも、チクっておいてやろう。それでも鬼は、支援金を増やすことはないだろう。この小娘は、そこまでの存在なのだから」 しずれが一歩も退かずにそう言い放つ。しかし……妖怪とは、花嫁を溺愛するものではないのだろうか……?それなのに、鬼の長は、まるでしずれたちの味方をするように聞こえる。 としかして私も、ヒメたちも、鬼の長に関して何かとんでもない思い違いをしているのではなかろうか……? 「出ていくが良い」 しずれの冷たい宣告が告げられる。 「何でよ!」 「結納金をもらうまで帰らないわ!」 「では、ここに湧かせる。貴様らが悲鳴をあげるほど盛り上がる虫妖怪たちの同胞たちの眷属をな……!」 ニヤリ、としずれがほくそ笑む。 『ぎゃああぁぁぁぁぁ――――っっ!!!』 だから、湧いてもいないのに何故そこまで……? 「では、出て行け」 「うぐっ」 後妻とヒメは渋々立ち上がり、朽葉さんが開け放った襖から出ていく……。 「このままじゃ、終われないわよ!」 後妻がぽかんとしている隙に、ヒメが私に向かって突っ込んで来る……!? 思わず顔をこわばらせるが、瞬時にしずれが私の前に躍り出る。 「させるか!」 そしてバキバキっと背中から蜘蛛脚を這い出そうとして……不意に止める。 その答えは、ホウセンカお姐さんが繰り出した糸で分かった。 「随分とお行儀が悪いのね!!」 「ひぎゃっ!?」 間抜けな声をあげながら、ヒメがぐらりと宙に浮いたかと思えば、さかさまに宙づりとなってがんじがらめになっていた。 「私のふゆはちゃんに何をする気だったのかしら?」 ふふふっと妖艶に微笑むホウセンカ姉さんの指からは、蜘蛛の糸が伸びている。その糸でヒメを縛り上げ、宙づりにしたのだ。 「な、あぁっ、なにこれ!?は、外れないいぃぃっっ!!!」 ヒメはもがくが、その度に糸が執拗に絡み合う。 「さすがはジョロウグモの糸。丈夫な上に粘着質」 確かにそう言う伝承を聞いたことがあるかも……。 「いやああぁぁぁぁぁっっ!!!おろしてえええぇっ」 「五月蠅い小娘。その喉を掻っ切ってやろうかしら?」 カッと目を見開き、にんまりと不気味な笑みを浮かべるホウセンカお姐さんの背中から細く長いジョロウグモの脚が伸び、その切っ先がヒメの喉元に突きつけられる。 「ひいぃぃぃっっ化け物おおぉぉ」 完全に顔面蒼白なヒメだが……。 「あの、もう……充分に痛い目には遭ったはずですし……」 「んもぅ、ふゆはちゃんはかわいい子ねぇ。ふゆはちゃんがそう言うなら、特別よ?」 「ホウセンカお姐さん……」 「もうかわいいぃっ!!」 ホウセンカお姐さんがパチンと指を慣らすと、ヒメを絡めていた糸が不意にパッと消え、間抜けな声をあげて床に落とされた。そしてその瞬間、ダイナマイトな胸元にぎゅむーっと抱き寄せられた。 「いや、俺のふゆはに何パフパフさせてんだ姐さん!!」 しずれが叫ぶ。ぱふぱふって……何だろう。 「な、なんなのよぉっ」 ヒメは全身打撲しつつもぎしぎしと首を動かしふゆはがいる方向を睨む。 「やぁねぇ。私たちのふゆはちゃんに手を出すからよ。許せないわ」 女王が憐れなるヒメを見降ろしくすくすと嗤う。 「ふぐぅっ、ば、ばけものの、ぶんざい、でぇっ」 「五月蠅いし、強制的に追い出すか」 「そうですね。これ以上ふゆはさまを脅えさせるわけにはいきません」 朽葉さんもしずれの言葉に賛同する。 「喜べ。動力源は貴様らの霊力だ」 「な、何をっ」 後妻が咄嗟に口を開くが。 「黙れ、臭い口を閉じろ」 「ひっ」 「去るがいい。特別に怪我は直して置いてやる。あれでも鬼の一族に花嫁に選ばれた小娘だ」 しずれが後妻とヒメにそれぞれの手を向ければ、床がぽうっと光り、次の瞬間には跡形もなく消えていた。 「結界の中にも入れぬようにしておこう。この屋敷には、一般の人間は俺の許可なく入れなくなっている。今回は許可してやったが今後はない。月守の当主に連絡しておけ。とっととあ奴らを連れ帰れと」 「はい」 朽葉さんが笑顔で頷き、式を飛ばす。 「ふゆは、無事か」 ホウセンカお姐さんの胸元から颯爽と私を奪還し、抱きしめてくれる。 「しずれ」 「ふゆはは優しいな。あんな者どもに情けをかけるとは」 「そのっ、怪我するのは、良くないのでっ!」 「かわいいな」 しずれにさらにぎゅむーっと抱き締められてしまった。 「しかし……月守がこんなことまでするなんて」 そして不意に、ぽつんとそんな声が届く。 「あの家も、すっかり変わってしまったからな。変わらなかったのは、あの子だけだ」 不意に現れたおじいちゃんの姿を見て、ホウセンカお姐さんの旦那さまは目を瞠りつつも静かに頷いた。 「そのようですね、フユメさま」 その言葉はとてもとても、寂しいものだった。
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