花嫁の記憶

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花嫁の記憶

しずれが長のところに行っている間、私たちは桜菜さんと共に過ごすこととなった。 初めてで……緊張する。しかも相手は長の花嫁さんなのだ。 緊張する空気をほぐすように、私の腕の中のたゆらちゃんが、ぽすっと桜菜さんの手に小さなお手手を当てれば、桜菜さんがそっと微笑み、口を開いてくれた。 「その……長の花嫁だからって、そんなに畏まらないでね。私はもともと、普通の家庭で生まれ育った何も知らない小娘だったのよ」 「その……妖怪のことは……っ」 「本当にいるだなんて、思っていなかった。今の花嫁さんたちは、妖怪とやり取りのある家柄の子もいるのね……。でも私は全く無関係な家の生まれだった。なのに突然長が……漆さんが現れて、花嫁に迎えるとか言うんだもの。びっくりよね」 桜菜さんが苦笑する。鬼の長……その響きだけでも恐ろしいものだったと言うのに……。妖怪とは無縁の少女が突然鬼の長と邂逅すると言うのは、尋常ならざる事態である。 「しかも、私は霊力なんてものはない」 私と……同じだ。 「漆さんの妻となって、妖怪側に来て初めていろいろな妖怪たちや、鬼たちを見るようになった。その中には恐ろしい存在もたくさんいる……。でも、漆さんに突然花嫁だと言われて囲われてしまって……今でこそ花嫁の意思を尊重するけれど、昔は強引にってのも罷り通っていたのよ」 つまり桜菜さんが長に花嫁に迎えられたのは……。私が想像するよりもずっとずっと昔なのではないだろうか……? 「それでね、妖怪のことなんて全く知らない。妖怪と取り引きもない一般家庭の生まれ、霊力もない。そんなぽっと出の花嫁に親切にしてくれる存在なんて、誰もいなかった」 それはまるで、実家にいた頃の私のよう。 「だから毎日泣いて過ごした。家に帰してくれと泣いたけど、漆さんはダメだと聞いてくれなかった」 けれど桜菜さんにとっては、逆だった。 もしかして長さんはその時のことがあったから、今は花嫁の意思を尊重するような決めごとを作ったのかもしれない。 「そんな時不意にね、優しくしてくれる女鬼がいて……私は救いの手だと感じて、何も疑わずについていってしまったの。けど……それ 罠だった。私は女鬼たちに監禁されてね」 桜菜さんの語調は相変わらず穏やかなものだが、妖怪の中でもとりわけ強い鬼によってたかって監禁されるだなんて……。女鬼は希少であると言うだけで、力は男鬼に匹敵するものもいる。 「ちょうど漆も出ていた時だったから、誰も助けてくれなかった。……私みたいな小娘が長の花嫁だなんて認めないと、散々詰め寄られたわ。私だって、漆の花嫁の座なんて望んでない。家に帰してほしかった。そんな時だったの」 「……?」 「女鬼たちから助けてくれた妖怪がいたのよ」 「妖怪……ですか……?」 わざわざそう言った言い方をすると言うことは、鬼ではない……?しかし、鬼相手に庇える妖怪などいるのだろうか。 「ホウセンカお姐さまたちが、助けてくれたのよ」 「お姐さんたちが……っ」 「そうよ。鬼の屋敷だろうが、蜘蛛やその仲間はいるもの。助けてあげてほしいと頼まれれば、同胞のためにいくわよ」 ホウセンカお姐さんが微笑む。 「それに……たとえ人間に嫌われても、気味悪がられても、私たち蜘蛛妖怪は人間に好意的なの。テレビなんかのように人間を襲って食べる……なんてのは少数派なのよ。それに……強い鬼が人間の女の子をよってたかって……だなんて、卑怯だもの」 ホウセンカお姐さんらしいと思ってしまう。かという私も、お姐さんに助けられたんだもの。 「その縁もあって、今でもお慕いしているの」 「ふふっ、嬉しいわ」 ホウセンカお姐さんが桜菜さんをぎゅっと抱き締める。その様子に、私もたゆらちゃんと顔を合わせ、微笑んだ。 「長の花嫁に堂々と抱き付けるのも、ホウセンカだけの特権だね」 「そうかも。長は嫉妬深いものね」 そしてホウセンカお姐さんがイサザさんの言葉にクスクスと笑う。 「ほんと……最初からだったんだって、今なら分かるわ。執着が過ぎるのだけど……あのひとをひとりにはしておけないもの」 「それもそうねぇ。花嫁を迎えてから、少し柔らかい雰囲気になったもの。桜菜ちゃん効果よ」 「そうだと……いいなぁ」 桜菜さんが幸せそうに微笑み、ホウセンカお姐さんが『そうに決まっているじゃない』と微笑む。 「でも、だからかな……私はね、漆さんと同じ時を生きることにしたのよ」 それって、しずれが言っていた特別な契りを結ぶこと……? 「ふゆはちゃんも、いずれは決めることになるわ」 「それは……」 「花嫁に迎え入れられて、まだ日も浅いもの。今すぐに……と言うことにはならないから、安心して」 桜菜さんが優しく微笑んでくれる。 「私は夫と同じ寿命を生きることにして……もうかれこれ何十年も、この姿で一緒にいる。あのひとは妖怪たちの一番上に立つひとだから。それゆえに孤独なのよ。……しずれさまとは、何だかんだで気兼ねなくやり取りしているけどねぇ。だけど……家に帰れば……私がいなくなったら悲しんで、寂しがるだろうから」 しずれも……寂しがるだろうか。あの屋敷にはたくさんの家族がいるが……。 「それでも、最愛のお嫁さんはひとりだけだもの」 ホウセンカお姐さんが、まるで私の心情を読んだかのように微笑む。 私が……最愛の……。
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