暫しの歓談

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暫しの歓談

初めての高級そうなお座敷にドキドキしながらも、しずれに招かれた席につけば。 「まさかあれほどまでに無礼だとは思わなかった」 長が不満を漏らし、桜菜さんがまぁまぁと声を掛けている。 「知らせただろーが」 「それ以上だった。私は既婚者だ。そんなことくらい、妖怪と懇意にしている家の者なら常識として知っていると思っていたが、それでもああいうやからは湧く」 「なら、もっと会合で桜菜さんを見せびらかすしかない」 「それは……その」 「私は構わないから」 そう桜菜さんが告げれば。 「なら、お前も一緒だ」 「お前……ゆくゆくはホウセンカ姐さんが付いてくることを見越してるだろう」 ホウセンカお姐さんが一緒なら、桜菜さんも心強いに決まっている。 「それに、お前の花嫁とも気が合うようだしな」 私……?そして、長と目が合う。恐い目ではない。 あれは桜菜さんのことを話す時の穏やかな目なのだろう。 しずれと子どものような言い争いをしつつも、桜菜さんのことを話す長は、優しい目をしていた。 「……ふゆはが嫌じゃないなら……一緒に来るか?」 しずれがそう、誘ってくれる。 「うん。私も桜菜さんに会いたい」 「なら、決まりだな」 そうしずれが頷くと、桜菜さんも嬉しそうに微笑んでくれた。 「さぁ、会合で楽しめなかった分、食べましょっ!」 ホウセンカお姐さんの言葉に、私たちは頷き、みんなで美味しい和食をいただくこととなった。 「美味しいわね。ふゆはちゃんは、食べられないものとか、大丈夫?」 「はい、桜菜さん」 そしてたゆらちゃんにもお裾分けする。 「おいし?」 「ん」 かわいいなぁ。たゆらちゃんをなでなでしつつ、私が桜菜さんやホウセンカお姐さんたちと話していれば、気になる話が聞こえてくる。 「月守の当主は知っているだろうが、霊力がそこそこあるだけで選ばれた後妻と娘は理解できなかったようだな。むしろ、それゆえに昔追放された一族の末裔では?」 「生き残っていたとはな」 「そうしぶといのも人間だろう?」 「まぁ、確かにな」 長がふぅっと息を吐く。 「例外として、とっとと対象の鬼の元へやってもいいが、それでは面白くないな」 対象とは……ヒメが嫁ぐことになる鬼だろうか……?その鬼がヒメに婚約者だと告げれば、ヒメの勘違いは防げただろうか……?しかしヒメならば、婚約者の鬼を差し置いて、自分は長にふさわしい娘なのだと、勝手に長の婚約者を名乗りそうだが。 「一度、会わせてやってもいい。そして1年間の猶予をくれてやろう。しかしながら鬼の一族を貶し、我が花嫁を傷つけた報いは受けてもらう。鬼の元へ嫁ぐことは決定事項。拒否することは許さない。拒否するのならば、今までの支援金を全て払ってもらう」 「まぁ、花嫁に来てもらうために、花嫁に対し支援したものだからな。それでも嫁に来たくないというのならば、その時はその時だが。今回ばかりはそのルールも適用されまい。しかし……罰にするくらいだ。相当な鬼か?」 しずれも詳細は知らないらしい。 「あぁ、相当だぞ。毎回気に入りはするが、みな人間の生涯を選ぶ。永遠を望むものはいない。だからいつでも、定期的に嫁を選ぶんだ、アレは」 「ふぅん」 しずれの答えは淡白なものだが……何だか曰く付きなように聞こえてしまうのは、その鬼に失礼か。 「妖怪は一途な者が多い。失恋して他の花嫁を見つける妖怪もいるが、それには時間が必要だ。花嫁を定期的に選ぶだなんてそんな酔狂な鬼は、ひとりしか知らんがな」 しかししずれは、ヒメがどの鬼に嫁ぐことになるのか、分かってしまったようで、クツクツと苦笑する。 「どおりで支援金をたっぷり与え、俺に借りを作ってまでそうしたわけだ」 「あぁ、納得したか?」 「確かにな。それに俺はふゆはを無事に花嫁に迎えることができた。だから後は好きにしてくれて構わない」 「ならば、そうしよう」 にっこりと微笑み合うしずれたちに、桜菜さんははぁ~っと息を吐いていた。 *** 料亭を後にした私たちは、屋敷に帰るために再び隠れ帯に入った。 隠れ帯を出れば、ホウセンカお姐さんたちと別れ、私としずれは共に夫婦の部屋へと落ち着いた。 「桜菜さんとは仲良くなれたようで、漆も大満足なようだったな」 「うん、とっても優しいひとだった」 こうして出会えたことが嬉しい。 次に会うのが今からでも楽しみだ。 「そうか。それは良かった」 「……あの、しずれ」 「ん?」 「あの、ヒメはどうなったんでしょうか」 「生きてはいるだろう?嫁ぐ鬼に会わせるために」 「その鬼って、一体どういう?」 「ふゆはが会うことはない。だが、鬼の一族にとってはなくてはならない重鎮だ。きっとあの小娘もまっとうになるだろう」 「それなら……」 ヒメがまっとうになるのなら……。いや、なれるだろうか……?そうも思うが。 「あと、あのっ」 「ん?」 「桜菜さんは、鬼の長さんと同じ時を生きることを選んだのは、自分がいなくなったら鬼の長さんが悲しんで、寂しがるだろうからって」 「そう、だろうなぁ」 しずれが微笑ましそうに苦笑する。 「……その、しずれも寂しい?」 「え……っ」 「私がいなくなったら、悲しい?」 「……そうだな。俺にとって、ふゆはは唯一無二の花嫁だ。きっと失えば、ひどく寂しく、悲しい。漆のように暴れはしないが……蜘蛛だから。暗く狭い場所に閉じこもりそうだ」 「……しずれ」 「だが、選ぶのはふゆはだ。俺はその意思を尊重する。何よりも大切な花嫁だから」 しずれが私の頭にぽふっと手を乗せてくれる。 「……うん」 その温かさと優しさにホッと胸を撫で下ろした。
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