大蜘蛛の花嫁

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「や、やめてください!」 それは、自分でも意外な反応だった。大蜘蛛は爪を止めて優しく私を見降ろす。 「ふゆは」 私の名前……。咄嗟のことで驚きつつも、再び口を開く。 「あの、もう、やめてください」 「何故だ?ふゆははあれらが憎くはないのか?」 私にかける優しい声には、寒気をもよおすような強大な妖力は、微塵もはらんでいない。 だからこそ、私も彼に言葉を返すことができる。 「それは、そのっ。それでも、ダメです!鬼との争いになってしまいます!あなたに、怪我をしてほしくありませんっ!」 「……俺が恐くはないのか」 「あなたは、優しいから!本当は、優しいから。だから、やめてください」 そう訴えれば、うーんと考え込み、そして再び口を開く。 「我が花嫁が懇願するのなら、この場はおさめてやろうか」 そう言うと、ささっと蜘蛛の脚を背中に収納する。 「あっ」 しかし彼が腕を閉まってしまったことに、咄嗟に名残惜しそうに声を漏らしてしまった。 「どうした?」 「その……脚」 「……触りたかったのか?」 それは……その。 「我が嫁になるのだから、これからいつでも触らせてやる」 そう言うと彼がそっと微笑んでくれる。それなら……いい、のかな。こくんと頷きを返す。 「では、このまま行こうか。ふゆは、荷物は」 「あの、あちらに」 蛇さんが荷物の鞄をひとつ持ってきてくれて、サッと現れた彼の付き人と思われる茶髪茶眼の青年がそれを受け取る。 「では、私がお持ちいたします」 「こいつは供の朽葉だ」 彼が朽葉さんを紹介してくれれば、朽葉さんが優しくこちらに微笑みかけてくれた。 そして離れで共に過ごした妖怪たちも付いてくる。 「にゃーちゃん、ねこさん」 「にゃっ!」 と、まるで猫妖怪のように鳴く、猫耳のような三角の突起を頭につけた子で、幼稚園児くらいの大きさで、薄茶色にこげ茶色のメッシュの髪をしている。金色のぱっちりとした目はかわいらしく、瞳孔は縦長。 そして彼と同じ髪と目の色だが、20代くらいの青年の姿をしている妖怪も一緒だ。青年も頭に猫耳のような三角の突起をつけている。 「だけど蜘蛛さんのお家だから、ねこちゃんたちは、大丈夫でしょうか」 事前に彼らの意思は確認しているが、ここにきて少し、不安になってきてしまった。 「ふゆは、彼らは猫妖怪ではないぞ」 「えっ」 でも……猫耳が……。 「しっぽがないだろう」 「そう……言えば?」 彼らの背後をまじまじと見る。 「彼らはネコハエトリ。ハエトリグモという種類の蜘蛛妖怪だ」 「えぇーっ!?」 衝撃であった。 「あの、では蛇さんも!?」 白い髪に赤い瞳、色の抜けたような透明感を持つ肌を持つ好青年を見る。 「蛇は、蛇だ」 「我は蛇妖怪だ」 「蛇さんは、そのまま蛇妖怪でよかったんだ」 「あぁ、家にとりつく種類の蛇妖怪だ。家にとりつくとは言え、気に入った家人がいればついてゆく」 蛇さんが頷いてくれる。 「ま、待て!」 その時、声をあげたのは当主であり、私の父だった。 「その方に、去られては困る!それに、蜘蛛も!」 「アナタ何言ってるの!?あの化け物の仲間なら、とっとと出て行かせなさいよ!」 後妻が叫ぶ。 「そうよ!蛇なんて気持ち悪いわ!何でウチに蛇なんて取りついてるのよ!追い出して!」 ヒメが続いて叫ぶ。 「や、やめるんだ!そんなことをしたら月守家がっ!」 『あんな化け物どもは月守家から追い出さないと!!』 母娘が息を合わせたかのように叫ぶ。 「も、もうやめろ!これ以上あの方の機嫌を損ねるな!」 当主が冷や汗を垂らしながら喚く。 「別に、言いたいのなら言うといい」 ふわりと、蛇さんが纏う空気が変わる。 「お前たちがどんなに我の機嫌を損ねようと、もう我がここにとどまることはない。長らく栄えさせてやったというに、化け物などと呼ばれてはな。それにそなたらは長年に渡り我のお気に入りを虐げたではないか。我らがいなければ、今頃大蜘蛛がこの家ごと滅ぼしていただろうな。鬼の長の制止も振り切って、花嫁を手にしていただろう」 「な、お気に入り?それはまさかっ」 父が目を見開き、私を睨む。 「……ひっ」 私を意味もなく責める時と同じ剣幕に、びくんと肩をすくませる。 「大丈夫だ」 そっと抱きしめてくれるのは、大蜘蛛だ。 「何故、何故仰っていただけなかったのですか!」 一方で父親が蛇に向かって叫ぶ。 「……何故?我のせいにする気か?愚か者め。我はふゆはを気に入ったから側にいた。それだけだ。我の加護を受けていると慢心し、そんなことにも気づかずふゆはを冷遇するとはな。それに蜘蛛たちも、その長を化け物と蔑む家になど、滞在しまい。彼らもまた、ふゆはを気に入っているようだ」 「にゃっ!」 「ん」 ふたりも頷く。 「今後、この俺を敵に回したこの家には、蜘蛛はいつかないだろう」 「無論、蛇もな」 「その方がいいじゃない!蜘蛛なんて気持ち悪い!」 「そうよ!蛇だって!」 「お父さまはどうしてしまったのですか!」 後妻とヒメ、よくが叫ぶ。 「お前たちは何ひとつ分かっていない!彼らに去られたら、我が家は!」 父親が頭を抱えて崩れ落ちる。 「うむ。そうだなぁ。蛇がいなくなれば今まで栄えていたこの名家も一気に落ちぶれるだろう。この蛇が金運やら商売繁盛やらいろんな加護を授けていたのだ。しかも神気すら帯びる蛇の気配で悪い妖怪が寄ってこない。更には潜り込んだとしても蜘蛛妖怪がいれば悪いモノは狩って退治してくれるし、寄せ付けなくもできる」 彼が教えてくれる。 「家に置いておけばそんなメリットも招く2種類の妖怪が去り、今後も来ないとなれ……もう、終わったようなものだな」 先ほどのお返しとばかりに彼がほくそ笑む。 「では、行こうか」 そう言うと、彼は妖力を使い、私たちを一気に転移させた。 大蜘蛛の住まう屋敷へと……。
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