天狗

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「一方でその子孫は長い時を経て、堕落し、破滅寸前だ。蛇爺はイサザさんの子孫であるふゆはに付いてきた。それは、蛇爺の加護が終了したことを意味している。イサザさんはそれを悲しんだだろうが、ふゆはのことは喜んでいる。最後の月守の子孫が、ふゆはで良かったと」 イサザさん……。 イサザさんがそう思えたのなら、私も、祖先がイサザさんで良かったと思う。イサザさんのお陰で、私はあの家でひとりぼっちじゃなかったから。 「話が少々脱線したが、天狗よりも神通力とやらを操ることができる蛇爺の孫娘に手を出せばただじゃすまされないだろう?」 「何かの間違いです!」 「それに消えたとはいえ、天狗が攫った証拠など!」 天狗が地べたに額を付けながらヌシさまに懇願する。 「あるぞ。俺がふゆはにつけたしおり糸が、霊山に繋がった。それに俺も、ふゆはを迎えに行ったから。あそこは屋内だったようだが、そこかしらに伊吹が守護する霊山の気配がした。……あと天狗が纏う気も」 しずれの言葉に天狗たちが唖然とした顔をあげる。 しかし……。 「……しおり糸?」 首を傾げれば。 「分かりやすく言うとストーキング糸ね!」 「え……っ!?」 「ちょまっ!蜘蛛聞きの悪いことを言うな!ユズリハ姐さん!ふゆはも固まってるじゃねぇかっ!うぅ……しおり糸と言うのは、蜘蛛が迷子になったりしないように付ける目印だ。時に花嫁や大切な相手につけ、その居場所が分かるようにする」 「だからストーキング糸じゃない。私たちもつけたかったけど、そこは旦那のしずれに特別に譲ることにしたわ」 「ふんっ」 何故か満足げなしずれである。 「でも気持ち悪かったら解かせるから。お姐さんたちのを付けてあげる」 「……おい」 ユズリハお姐さんの言葉にしずれがすかさず突っ込むが……。 「そんなことは……」 「ないのか?」 「あの、守ってくれるためにつけてくれたんでしょ?」 「もちろんだ。しおり糸がいきなり霊山に行ったから、慌てて伊吹の首根っこを掴んだぞ」 「ヌシさまの……っ!?」 「うむ、そうだ」 「ひどい~~っ!俺だってもみにしおり糸付けてもらってるんだから~っ!あと山のヌシだもの!伴侶が霊山の中に突然入ったことくらい分かるわっ!!俺だって何事かと思ったんだからねっ!?」 「まぁ、もみも一緒に攫われた以上、貴様の嫌疑は晴れた。良かったな」 「まぁねっ!?」 ヌシさまはもみちゃんに頬ずりしながら叫んだ。 「あの、しずれ」 「ん?」 ちょいちょいと、しずれの着物の袂をつまむ。 「あの、ヌシさまなのに、いいの?」 「ん?問題ない。山のヌシではあるが、虫系妖怪及び大蜘蛛の長の方が影響力は強いぞ。その時は同胞たち総動員で眷属に号令をかける」 「やーめーてーっ!!さすがに霊験あらたかな山でも高位妖怪が詰めてても、山を構成する虫系や蜘蛛、それから微生物たちが一斉に去ると山が死滅するわぁっ!生態系破壊される!しかも最近では爬虫類両生類とも同盟組んでんじゃん!?」 ヌシさまが吠える。同盟……そんな同盟があるんだ……。 「……やらないでよ?」 「別に貴様は絡んでいなかったのだし本当にはやらんが。それに犯人ならば目星はついているぞ」 「え、そうなの?八つ裂きにしていい?」 ヌシさまの瞳孔が、開いていた。 「それは山のヌシの貴様の自由だ。だがふゆはの目には入れるなよ」 「うんっ!もみの目にも入れないっ!」 「ならば良し!!!」 い……いいのだろうか……?本当に……? 「それで、犯人って誰よ」 ユズリハお姐さんが話を戻してくれる。 「それなら、俺のふゆはに悪意を持って触れたものだ」 しずれがニヤリとほくそ笑む。 「私に?」 「何か起こらなかったか?」 「……そう言えば、着物に手を伸ばされた時、ばちばちっと電流のようなものが走ったような?」 「そうだ。ふゆはの衣には俺の糸を撚りこんだ糸を使っている」 「しずれの……?」 「そうねぇ。ホウセンカなら桜菜に自分の糸を練り込んだ糸を渡して、衣や装飾品に使ってもらってるから私たちもね。一応妖力が一番強いのはしずれだから、そこは妥協したの」 と、ユズリハお姐さん。 「効いただろう」 「うん……っ」 まさか、着物にまで、しずれが守ってくれる仕掛けを施してくれていたなんて。 「でもそれ、しずれのお尻から出た糸だよね?」 しかしヌシさまが余計なひとことを告げ、思わず固まる。 「もみ、コイツに糸は提供するな」 「う!」 もみに告げれば、もみも了承したと頷く。 「いやああぁぁぁぁぁっっ!!やめて~~っ!俺は着衣ももみに包まれたいのにぃっ!もうそんなこと言わないから許してぇっ!俺はもみのお尻から出た糸も、だいっすきだからああぁぁぁぁぁっっ!!」 ロリコンよりもやばそうな性癖を聞いたような気がするのだが……。 「まぁ、反省しているようなら考えてあげてもいいんじゃない?」 と、ユズリハお姐さんが助け船を出してくれれば。 「ん」 「うぅっ!もみが蜘蛛たちの意見の方優先する~っ」 「そりゃぁ、蜘蛛妖怪だからな」 「お姐さんとしての当然のアドバイスよ」 しずれとユズリハお姐さんの言葉にヌシさまががっくりと首を落としながらも、もみちゃんの糸は欲しいとすすり泣いていた。 「それで?犯人目星ついてるって、一体誰?」 そしてしばらくすると気を取り直したらしいヌシさまが不意に顔をあげる。 「あぁ、そいつには俺の妖力を帯びた糸が絡まっていることだろう。例え神通力を持っていようと無駄だな。フユメの鱗の粉末も糸を撚るときに入れておいたから」 『鬼―――――っ!?』 天狗たちが叫ぶ。 「いや、オニグモだっ!鬼よりは優しいぞ。鬼の長に比べたらな!!」 しずれがズバシッと告げる。うん……確かにしずれたちは優しい。 「……それで?そこまでした糸は、どこに絡まっているんだろう?」 「では、行ってみるか。貴様の山へ。山へはそこの天狗どもも連れて行く。山のヌシなのだから、連れて行け」 「ふぅん?まぁしょうがないね」 「この、俺の糸の伸びる先だ」 しずれの妖力を帯びた糸が伸びる。 「もちろん」 ヌシさまがその糸の先に異空間を出現させると、糸がその先に繋がる。 「では行こうか」 「あぁ」 天狗たちがびくびくする中、私たちはヌシさまの造り出した異空間への入口をくぐった。
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