制裁の仮面 始

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制裁の仮面 始

 ――こんな小説を読むなんて、とんだ物好きだね、君は。  ――まぁここで出会ったのもなにかの縁であり、たしかな()()()()だとしたら……最後まで付き合ってくれると嬉しいヨ。   ――紹介が遅れたね、僕の名前はカルア。今は旅人の傍ら、商いをやっているヨ。  さてさて、今回はいったい……どのような終点(ピリオド)をたどることになるのやら――     息を切らしながら備え付けのイージーチェアに座り、汗でベトベトになった手でヘッドホンを耳に付けると準備完了だ。  ボクはビデオコーナーで持ってきた正義の仮面ジャスティスマスクのDVDを、DVDプレーヤーにセットした。  再生される前のわずかな時間は、金曜日の放課後のチャイムが鳴る前にそわそわしてしまうあの感覚とよく似ている。ボクはゴクンッと生唾を飲み込んだ。  パッと画面が映し出され、かっこよくキレのいいSEと効果音が流れたあと、でかでかとタイトルが表示される。    『――正義の仮面……ジャスティスマスク!!』     ヘッドホンなのでダイレクトにジャスティスマスクを感じることができる。時間は三時四十五分。ボクは放課後誰よりも早く校門を抜けて、図書館の視聴覚コーナーに来たのだ。  少し補足すると、学校の近くにある図書館ではなく、わざわざ町中にある遠いほうの図書館を利用している。  その理由は……話したくない。()()()()()()()()()()()()()()()()()、放課後はここに来ることがすっかり日課になってしまった。   「正義の仮面つけしとき、ジャスティスハートが唸りだす。偽りのマスク外すとき、悪を討つ正義の仮面、ジャスティスマスク、参上……!!」    ジャスティスマスクは丸く青い目にキリギリスのような顔、青いマフラーに二本の触角を付けている。必殺技は高くジャンプして放つ一撃、ジャスティスキックだ。  昨日は物語の佳境のはじめまでしか見ることができなかった。  司書さんに「時間です」と冷たい声で言われてしまい、もう少しだけと駄々をこねたが、大人の力の前にボクは問答無用で追い出されてしまった。  しかし今日は大丈夫だろう。途中から観ているので、確実に見終えることができるはずだ。  画面に張り付く勢いで集中して視聴していたその時、ポケットの中がブルルルルルと震える。電話主は……母だった。   「――ッ!!」    ゴクリと生唾を飲み込み、鼓動が不規則な音を奏ではじめる。額から出てきた嫌な汗を拭った。  なぜ家で見ないのかと問われれば、その答えとして一番適切なのは母の存在だろう。  ボクの母は良い意味で教育熱心、悪い意味で過保護で特撮やゲームなどには反対派だ。  おまけに怒るとすごく怖い。だからバレないようにここへ来るしかないのだ。  高ぶっていた気持ちが一気に削がれていく。出なかったらあとで色々言われると思い、ボクは通話の画面を押した。    「母さん? あいにく今は、図書館で勉強していて忙しいからまたかけ直し――」  「嘘、ついてるよね?」  「え……」     母の声は、まるで冷凍庫から出したトイレの便座のように冷たく、一言一句に威圧感があった。  どうしてバレたんだ? という疑問符が脳内をめぐり、なにも言い返せず混乱しているボクに対してさらに、   「この前ママ友のみんなとお茶をする機会があって、その時に『日山さんの息子ってジャスティスマスクが好きなんですか!? うちの息子もなんですよ!!』なんて話を振られちゃったのよ。意味がわからず聞いてみると、町中のほうの図書館で熱心にビデオを観ているのを六角を見たんですって。いったい、どうゆうことかしら?」  「そ、それはその……」  まるで必死に積み木を積み上げるようにして言い訳を考える。  しかし思いついたどれもが的を得ておらず崩れていくばかりで、母を説き伏せるなんてことはできそうになかった。   「理由ならあとで聞きます。とにかく今は家に帰ってきなさい。い・い・わ・ね?」   「は、はい……」     ぷつりと通話が切れる。有無を言わせぬ母の声に、ボクはただロボットのように従うしかなかった。  続きを見たい欲望と、母への恐怖心が天秤で揺れる。傾いたのは……後者だった。  そっとDVDを抜き取り棚に戻すと、とぼとぼと図書館をあとにする。足取りが重い。  情けなく恐怖に屈した自分がいるのに、それに対しなにも行動を起こせない自分が一番憎たらしい。ボクはふと考える。  こんなとき、ヒーローならどうするかと―― 「……で、どうしてヒーロー番組なんて教育に悪いものを見ていたのかしら? 納得のいく説明ができる?」    目を細めながら腕を組む母さんの姿は、まるで不動明王のような威圧感があった。だがしかし、好きなものを前にして怯むわけにはいかないボクは、   「きょ、教育に悪くないよ! 友達や仲間との友情だったり、人を信じる大切さを学んだりできる唯一の――」  「一人も友達や仲間ができたことのないあんたの言葉(セリフ)じゃないでしょ! ろくに人と関わらないで未だにヒーロー番組の視聴!? こないだ中学生になった自覚はないの? 今までは小学生だから大目に見ていたけど、もう見過ごせません」  「み、見過ごせないって……」  母は一瞬の間を置いたあと、叩きつけるようにしてボクに、  「次に町中、いずれも図書館でまた同じ行為をしようものなら、あんたの部屋にあるヒーローグッズを捨てます!!」  「ハァ!? ダメに決まって――」  「わ・か・っ・た?」  「……ゥ……はい」    ダメだ、もうどうすることもできない。無言で母に背を向け、リビングをあとにする。また、なにも言えなかった。  どうして? と自分に問いかけてみるが、その答えを知ることが怖くて目をそらす。本当に情けない。階段を上る直前に母がボソッと、    「……教育の仕方を間違えたかしら」  「――ッ!!」    ドタドタと大きく足音を立てながら自分の部屋に入ると、大事なグッズの一つであるジャスティスプラチナバッジを握りしめ、そのまま流れるようにして布団に潜った。  誰も見ていない真っ暗闇の空間。邪魔されない自分だけの空間。ここなら、思う存分、   「ゥ……グスッ……ウゥ……」    悔しい、悔しい、悔しい。母にあんなことを言われたのになにもできず、挙句の果てにただベッドで泣き寝入りするしかできない自分が大嫌いだ。  非力な自分が大嫌いだ。勇気のない自分が大嫌いだ。嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ、嫌いだ。  そうこうしているうちに泣き疲れてしまったのか、ボクはいつの間にか寝てしまっていた。  ご飯は食べていなかったが気にならなかった。目が覚めたら学校だ。そう考えただけで食べ物が喉を通らなかった。  あぁ、授業が全部ヒーロー番組の鑑賞だったらいいのに。勉強よりもよっぽど有意義で楽しいではないか。  文部科学省の人間は、今すぐ早急に検討してほしいものだ。ボクは眠りに落ちるたび思う。ヒーローみたいに強くて、かっこいい存在になりたいと――  キーンコーンカーンコーン    「……今日の授業は以上です。帰りの会までに帰る準備をしておくように」    ピシャッ とドアを閉め教室をあとにする先生。その直後に爆発するようにして騒ぎ出すクラスメイト。  図書館という楽しみを奪われたことで、学校が楽しみを待つ場所からただの拷問部屋になってしまった。  いつもならほぼ毎日一番乗りで校門を抜けて図書館に向かうが、これからは真っすぐ家に帰らないといけない。そのことがボクをどこまでも憂鬱にさせる。  おぼつかない足取りで教室のドアへ向かった。そのときに後ろから、    「あれ? 今日は日山君走って帰らないの?」  「え? ぅあ、その」  久々のクラスメイト(しかも女子)に話しかけられて、ボクはうまく言葉(セリフ)を紡ぐことができなかった。続いてクラスの中でもお調子者の男子が、   「なんだよお休みか? せっかく今日も日山は一番乗りで校門を抜けれるかで賭けてたのによ。つまんね」    お調子者の他にも、クラスメイトの稀有な視線に耐えられなくなったボクは、うつむいた状態で教室をあとにした。自然と歩幅が大きくなる。  このまま家に帰りたくないのに、母にそこしか向かうことを許されていない状況に頭がどうにかなりそうだった。  昇降口で外靴に履き替え、陰鬱な表情のまま校門をくぐったとき、ボクの頭の中に一つの妙案が浮かんだ。   「今日は、遠回りして帰ろうかな……」    あとから思い返すと別にそうでもないが、このときのボクは少しでも気分をリフレッシュしたくて、すぐその案に賛成した。  いつもなら家の方向である坂道を下っているが、今回はその逆の自然公園がある方向に行こうと進路を変えた。自然の緑を見れば、少しは気が和らぐかもしれない。  仮にママ友を介して母さんにバレたとしても、遠回りがダメと言われた覚えはないので大丈夫だろう。ボクは見慣れない民家が並んだ住宅街を眺めながら歩いた。  なんてことない景色も、落ち込んでいる今なら心を落ち着かせる精神安定剤になっていた。そうして歩き続けて五分ほど経ったころ、   「……なんだ、あれ……?」    住宅街のど真ん中に小さな公園があり、そこの入口付近でなにやら彼女一人と男子二人が揉めているように見えた。  なにをしているのだろうとほんのささいな好奇心が湧き上がり、ボクは声が聞こえる距離まで隠れながら近づいてみた。   「返して! あなた達には関係ないでしょ!!」 「――ッ!!」  一目見てドキッとした。ボクが通っている黒白中学校で生徒会長をしている、日下部呂愛(くさかべろあ)じゃないか。  ワンカールの内巻きで、花びらの髪留めを付けてる。クシャッとした笑顔が可愛くて、いつも友達と仲良くおしゃべりしているのを廊下で見かけている。(事前に校内での行動ルートを調べて待ち伏せしてる)    「いやいや、関係大アリでしょ? まさか学校の規律やマナーを重んじるあの生徒会長にこんな趣味があるなんて、もし校内中に知れ渡ったらどうなるんでしょうねぇ……」 「中学生にもなって特撮が好きだなんて、恥ずかしいとか思わないの?」 「そ、それは……」  弱々しく返事をする彼女を見て、ピクッと思わず眉を寄せる。昨日の母の心ない言葉(セリフ)が、頼んでもないのに頭の中で再生(リプレイ)されたからだ。  さらに眉を寄せたのには理由がある。その男子二人の顔をよく見てみると、うちの学校では名の知れたいじめっ子である中学三年の里中と須崎がいたからだ。  どうやら事情としては、里中と須崎が彼女からなにかを奪って面白がっているというところまで理解した。  その肝心ななにかがよく見えないので、ボクはもう少し近づいてみると…… 「そ、そのグッズは!」 「えっ?」 「ああん?」 「誰だよ。見せもんじゃねぇぞ」  あっ、と声に出したときにはすでに遅かった。その女子が返してと騒ぐそのグッズを見てボクは、自制心よりも先に本能が身も心も支配してしまったからだ。 「そのグッズは……ジャスティスマスク放送当時でしかもたった一ヶ月の間コンビニの一番くじでしか販売されなかった幻のアルティメットジャスティス黄金バッジ!! 出る確率があまりにも低すぎてマニアの間では一つ万単位で取引されていると噂のバッジが……ここに……」 「…………!」  彼女はまるで度肝を抜かれたような驚きの表情でボクを見ている。 「……いやそんなの聞いてないわ」 「もしかしてこれがオタク特有の早口ってやつ? 自分でキモいって自覚ないのかな? まあないからこんな恥さらしみたいな真似ができるんだろうけど」 「あ……あ……」  空気は最悪だった、それは相手も同じだろう。いきなり乱入してきたかに思えば、突如として雄弁な口調でグッズの説明をしだすのだから。正気の沙汰じゃない。  もしボクが大人だったら、不審者として通報されてもおかしくないだろう。  ドシドシと里中が近づいて胸ぐらを荒々しく掴んでくる。中一のボクと中三の里中、体格の差は歴然だ。   「見せもんじゃねぇって言葉(セリフ)が聞こえなかったのか? それともなんだ、もしかしてお前はヒロインを助けにきた――ヒーローとか言わねぇよな?」   「い……いや、ちが――」  違います。と言葉(セリフ)を発する前に、ボクの頭の中ではスーパーコンピューターのように計算……ではなく、無限に近い思考が執り行われた。  ――また逃げるのか? 母親のときみたいに。一人も友達や仲間ができたことないとか言われて、悔しいとか思わないのか? 自分に問いかけてみる。それはまだ続く。  ――また枕に牛乳やドブを拭いたあとの雑巾みたいな泣き面をうずめるのか? 嫌だ、そんなの嫌だ。  ――ベッドで泣き寝入りするしかできない自分が嫌いじゃないのか? 非力な自分が嫌いじゃないのか? 勇気のない自分が嫌いじゃないのか? そうだろそうなんだろ?  ――ヒーローみたいに強くて、かっこいい存在になりたいと憧れるだけなんて……そんなの、()()()()()()()()()()()?    ――ブチッ とボクの中で、なにかが()()()。 「……だ」 「ハァ!? なに言ってるのか聞こえな――」 「ボクはお前らをやっつけるために来た、ジャスティスマスクだアアアアッッッ!!!」 「グワッ」  ボクは力の限り体を横にひねらせて里中の手を引き離すと、その瞬間に自身をトラックに見立てるようにして思いっきりタックルをお見舞いした。  里中は短い叫び声を上げたあと、地面に仰向けに倒れた。 「テメェ! なにしやがる!」  ずっと今まで傍観していた須崎がここにきて加勢してきた。続いてふらふらと里中が頭を押さえながら復帰する。  四つの眼球には、明らかにボクに対しての怒りや殺意が見て取れた。 「覚悟はできてんだろうなぁ?」  「まじで殺す。死んでも殺す。魂も殺す」  二対一ですら絶望的なのに、先ほど言った体格の差や感情的な怒りがさらに絶望に拍車をかけている。おそらくボクは無惨に負けるだろう。  しかし、退くわけにはいかない。どうしてだろう? 馬鹿になったのだろう? 「正義の仮面つけしとき、ジャスティスハートが唸りだす。偽りのマスク外すとき、悪を討つ正義の仮面、ジャスティスマスク、参上……!!」    自然とボクの口からは、ジャスティスマスクの決め台詞を放っていた。己を鼓舞するように、決めポーズも無意識に行っていた。  負の感情からもっとも遠のいた一種のトランス状態が、今のボクだ。ドーパミンが濁流のようにして脳内を満たしていくのを感じる。  「なんで、そこまでして……」 「……ん?」  ふとずっとこちらを見つめている彼女から、そんな言葉(セリフ)が聞こえたような……そんな気がした。  正直なところはじめは助けたお礼として、もしかしたら黄金バッジがもらえるかもしれないという不純な動機があった。  しかし今は弱い自分に向き合う数少ないチャンスとして、そして彼女の代わりに取られたバッジを取り返すためとして、逃げるわけにはいかない。  だから後悔はないと、ボクは彼女に目配せをして伝えた。  近づいてくる二つの拳をゆっくりと眺めながら、ボクは自嘲気味に、しかし誇らしげに……笑った―― 「ん……ここ、は……?」    知らない天井、ではなく空だ。目線を動かしてみると奥に砂場、手前にシーソーが見えたことから、先ほど里中たちに戦いを挑み負けた公園であることを理解した。  それは別にいい。今ボクが気になるのは、後頭部の後ろにある高級な枕? とは違うふんわりと柔らかく沈んでしまうほど心地よい感触の…… 「まだ動いちゃだめだよ! 傷が痛むよ!」  さっきまで寝起きに近い状態だったが、一際大きく発せられた声により意識は覚醒し、それにより里中たちに食らった傷の痛みが再びぶり返してしまった。  痛ッ! とボクはとっさに一番傷の具合がひどい顔を押さえようと手を動かしたその過程で、     フニッ 「えっ」  「はっ?」  今さら気づいたのだが、ボクはベンチの上で寝転がっていており、後頭部の位置には人間の太ももがあったのだ。俗に言う膝枕というやつだ。  そしてボクが顔を押さえようと手を動かした瞬間、膝枕をしてくれている人の胸部――つまりはおっぱいを触ってしまい、両者ともに間抜けな声を出した。  やがてじわりじわりと毒が全身を回るように自分が起こした事態に気づき始める。  慌てて「ごめん!」と言おうとするよりも早く、彼女が「キャアアアッッッ!」と金切り声を上げてボクをベンチから突き飛ばした。  「ごっごめん! 寝ぼけてたばっかりに!」 「わ、私も、怪我をしてるあなたになんてことを……」  彼女はボクに近づくと、倒れた際に付いた土や砂利を手ではらってくれた。  申し訳ないと思い「自分でやりますから」と言って立ち上がりはらっていく。互いに無言の気まずい時間が流れた。  せっかく介抱してもらったのに事故とはいえ胸を触るだなんて、恩を仇で返すのもいいところだ。せめてもの償いで、ボクは先に沈黙を破ることにした。 「怪我は、ない?」 「……うん」  「……バッジは、大丈夫?」     ブンブンと悲しげな表情で首を横に振る彼女を見て、ボクはだいたいの事情を察してしまった。  かっこ悪い、あまりにもかっこ悪い、なにが弱い自分に向き合うだ。ただ痛い思いをして、目的も果たせなくて、こんな、こんな自分、あまりにも…… 「――かっこよかったよ!」 「……へっ?」 「たとえ人数的に、体格的に不利だとしても立ち向かえるその心、誇っていいと思います。ジャスティスマスクみたいでした」 「ジャスティス……マスク……」  生まれて初めて、かっこいいと言われた気がする。言葉(セリフ)の意味が、理解の範囲外にいた。呆然としていると、彼女はくしゃっと可愛らしい笑顔を浮かべながら、 「私の名前は日下部呂愛(くさかべろあ)。あなたって黒白中学校の生徒よね?」 「ええ!? なんでそれを……」 「選挙活動のポスターで私の名前が張り出されていたの、見たことない? 全校生徒の前で演説だってしたんだよ?」 「……あぁ」  いつもなら見過ごしてしまう廊下の光景、壁に貼り付けられたポスターに書かれた名前と、今さっき彼女が明かした名前が一致した。   「バッジは取られちゃったけど、あなたへの恩は決して忘れないわ。本当にありがとう」 「で、でも……」  ボクは彼女の感謝を素直に受け取れなかった。バッジの希少性を理解している故に、それを取られてしまったショックが痛いほどわかる。  さっきの笑顔とは違う、不器用なニヤケ顔が証拠だった。  しかし彼女はそれを否定するように手を強く握ってきて、「大丈夫だから」とさらに目で訴えてきたのだ。  まるでボクがさっき目配せしたときと同じように。これ以上、なにも言うことができなかった。   「縁があったらまた会いましょう――私のヒーローさん」 「…………!」  去りゆく背中を見届けながら、ボクは彼女の言葉(セリフ)を頭の中で反芻していた。あまりにも実感が湧かない。  ボクがヒーロー? テレビに出ている、空とか飛んで、ビームとか出す、あの?  周りから見れば不自然なほどしばらく棒立ちをしていたその時、突然目も開けられないほどの突風が吹いてきて…… 「ウワッ……ってなんだこれ?」  風に飛ばされてきたのだろうか、ボクの頭にはいつの間にか黒いシルクハットが被さっていた。  見た目や触った質感から、数万円はすると言われてもまったく疑わないほどの代物だった。つい見惚れていると、 「――次の主人公は、君かい?」
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