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仕組まれた「はじめまして」
『精霊の種類と所在を認識できる生徒がいる』
この噂は、瞬く間に魔法学院内で広まった。
元々"成績優秀な変わり者のぼっち"として有名だったエリシアが、特異とも言える能力の持ち主だったのだから、生徒たちの話題はこの件で持ちきりだった。
それだけではない。
彼女の噂は学院内のみに留まらず、クレアの職場であるアルアビス軍本部をも騒つかせた。
そもそも魔法学院は、将来的に戦力となる魔導士、あるいは優秀な魔法研究者を養成するための機関である。
精霊を認識できる人材など、軍も研究所も喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
彼女の才能を活かせば、近隣諸国から更に一歩進んだ魔法技術を得ることができるに違いない。
卒業後、エリシアが軍部か魔法研究所へ加わってくれれば安泰だと、国のお偉方も今から盛り上がっているようだった。
魔法学院と国の上層部が、彼女の持つ才能に色めき立つ中……
当のエリシアはと言えば、注目の的になっていることなど全く気にする様子もなく、相変わらず勉学に精を出し、今まで以上にあちこち歩き回っては宙を舐めていた。
チェロのアドバイス通り、精霊の分布を研究しているのだろうか?
なるべく早く学院を卒業したいと考えているようだが……その真意は未だ不明である。
(エリシアは今、何を考えている……?)
クレアは、エリシアの現状を案ずる。
ただでさえ学院内で孤立していたのに、最近では『精霊を感知できる規格外の化物』として、畏怖の念を向けられているような雰囲気なのだ。
まったく、エリシアの能力を理事長に告げ口したチェロが恨めしい。おかげで一気に噂が広まってしまったではないか。
もっとも、こんな特異体質、学院側の人間として放っておけるはずがないと言えばそうなのだが……
(嗚呼、周りから噂されることにストレスを感じ、エリシアの食欲が減退してしまわないか心配だ。この身体が痩せ細っていないかどうか、しっかり見守っていかなければ……)
……などと考えながら。
クレアは今日もエリシアの部屋に忍び込み、寝ている彼女の身体を採寸しているわけだが。
ちなみにエリシアの身体は、やつれるどころか順調に成育していた。現状、食欲も全く衰えていない。
それは大変に喜ばしいことではあるが……
「…………」
エリシアの今後を思うと、クレアはどこか寂しさを覚えた。
今はこうして定期的に、秘密の身体測定……もとい、見守り活動をすることができているが……
もし彼女が、魔法学院を早期に卒業し、軍部、あるいは魔法研究所で働くことになったら……
精霊認知能力を持つが故、忙しく働かされることは必至だろう。
もしかすると、専用の研究室なんかが設けられるかもしれない。
そうなると、こんな風に頻繁に、彼女の姿を見ることすらできなくなってしまう。
何せ、軍部の女子寮も魔法研究所の女子寮も、こことは比べ物にならないくらいにセキュリティが高いのだ。クレアを以ってしても、侵入は困難である。
もう、エリシアのことを見守れなくなるなんて……
そんなの、辛すぎる。
エリシアが今、何を目的に動いているのかはわからない。
しかし、なるべく早く卒業したいと考えていることだけは間違いないようだ。
それを止める方法も、権利も、当然ながらクレアにはない。
エリシアが、学院を卒業する時。
それは同時に、クレアの見守り任務が終わりを告げる時なのかもしれない。
それも仕方のないこと。
……と、一年前の彼なら、そう思っていただろう。
しかし、今は……
「………………」
クレアは、熟睡しているエリシアの顔をそっと覗き込む。
世界中でただ一人、自分だけが知っているであろう、無防備で愛らしい寝顔。
この寝顔を見続けるためなら、俺は……
今の俺は、きっと国の命令に背くことだって、できるはずだ。
……なんて。
国のために命を捧げてきた自分が、随分変わってしまったなと、どこか他人事のように考えて。
(……全部、貴女のせいですよ)
胸の内で、ぽつりと呟いてから……
エリシアの部屋を、後にした。
───だが、しかし。
クレアが恐れていたその時は、予想よりもずっと早くに訪れてしまった。
二年生が終了するのと同時に、エリシアの卒業が決まったのだ。
通常であれば五年通うアカデミーを、三年飛び級しての卒業。
学院始まって以来の、異例中の異例事態である。
そのきっかけとなったのは、エリシアがまとめた一冊のレポートだ。
この半年、エリシアは自身の味覚と嗅覚をフル稼動させ、懸命に精霊を研究し……
そしてついに、発見したのだ。
これまで認識されていなかった、新種の精霊。
それも、二種類。
一つは、暖気を司る精霊。
彼女はこれを『ウォルフ』と名付けた。
もう一つは、冷気を司る精霊。
こちらは『キューレ』と名付けられた。
既に実用化されている炎の精霊・フロルや、水の精霊・ヘラとは似て非なる存在。
これらを用いて他の精霊と組み合わせれば、今までになかった魔法を展開できる。
例えば、冷気の精霊・キューレと水の精霊・ヘラを融合させれば氷を生み出すことができ……
新種のウォルフとキューレを混ぜ合わせれば、強烈な風を発生させることができる、といったことまでエリシアは突き止めていた。
さらに、チェロから教わった知識を用いて、ウォルフとキューレを呼び出すための魔法陣も開発済みだ。
それも、必要最低限の動作で発動する、かなり効率的に組まれた魔法陣である。
……といった内容のレポートを受け取り、魔法学院の理事長は戦慄した。
新種の精霊を発見するだけでも大それたことなのに、入学して二年足らずの生徒が、それを実用化させるところまで完成させたのだから。
これ以上、学院で教えられることはない。
理事長はそう判断し、異例の早期卒業を決断したのだった。
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