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死神男の見守り記録
ジェフリーの命を奪った、『焔の槍』。
それを教団に授けたと思われる謎の人物、"水瓶男"――
その手がかりを掴むべく、クレアは調査に奔走した。
レーヴェ教団の拠点周辺で入念な聞き込みや張り込みをおこない、教祖や信者たちの人間関係を徹底的に調べ直した。
クレアは、特殊部隊の中でも特に優秀な隊員だ。
頭の回転が速い分、行動も早い。
先々まで見通す洞察力と、状況に合わせた演技力を駆使して、情報を次々に収集していった。
しかし、そのような日々を送る一方で――
――つば付きの帽子に、グレーのつなぎ。
マスクで半分覆った顔。
そんな地味な清掃員の装いで、クレアは……
(……よし、今日は実技の授業だ。外の演習場でエリシアを見守れる……!)
グリムワーズ魔法学院へ、定期的に不法侵入していた。
全ては、エリシアの姿をじっくり観察……もとい、見守るためである。
その頻度は、五日に一回……否、最近では三日に一回にまで増えていた。
清掃員の制服を自腹で購入し、本物の清掃員と鉢合わせないようシフトを調べ、エリシアの時間割に合わせて移動しながら見守る……
特殊部隊のエースとして培ってきたスキルを余すことなく発揮し、クレアはエリシアを尾行していた。
その日エリシアは、練習用の指輪を使った魔法の実技訓練の授業を受けていた。
屋外の演習場にいるエリシアの姿を、クレアは落ち葉を掃くフリをしながら、遠巻きに観察する。
いつも見ている制服姿ではなく、半袖のシャツにハーフパンツというラフな運動着姿。
普段は下ろしている髪も、頭の後ろでちょこんと一つ結びにしている。
そんな、初めて見るエリシアの装いに、クレアは……
原因不明の胸の高鳴りを感じていた。
クレアが見守る中、実技の授業が始まった。
生徒たちは互いに距離を置きながら、安全な位置で魔法陣を描き始める。
まだ一年生であるためか、ほとんどの生徒は魔導書やノートを見ながら手探りで魔法陣を描いている。
しかし、その中でエリシアだけは――
「――光の精霊・アテナよ。我が命に応え、姿を示せ」
迷いなく指を踊らせ、あっという間に魔法陣を完成させた。
古代文字で書かれた円と、その中央に描かれた十二芒星。
空中に記された魔法陣は、エリシアの呼びかけに応じるように輝き……
目も眩むような強烈な光を、「カッ!」と放った。
(……っ、あれは……)
離れた場所にいるクレアでさえも目を細める程の光量……
光の精霊・アテナを用いた、目眩しの魔法だ。
エリシアの近くにいた生徒たちは、突然の発光に驚き、腰を抜かしている。
しかしエリシアは、まるで気にすることなく次の魔法陣を描き始めた。
樹木の精霊・ユグノを用いた、蔓による攻撃魔法。
大地の精霊・オドゥドアを用いた、落とし穴の魔法。
どんな魔導書にも載っている基礎的な魔法ではあるが、その威力と正確さは目を見張るものだった。
(すごい……軍所属の魔導士と遜色ない展開スピードだ)
それだけエリシアは魔法陣の構造を正しく理解し、必要な知識を暗記しているということ。
淡々と魔法を放ち続ける彼女の姿は、神々しさを感じる程に美しかった。
そんなエリシアを、クレアは震える瞳で見つめ……
(駄目だ……我慢できない……っ)
バッ! と、懐からスケッチブックを取り出すと……
鉛筆を握り、駆り立てられるように、彼女の姿を描き始めた。
繊細な濃淡を付けながら描かれていく、エリシアの姿……
凛とした横顔に、揺れる前髪。
躍動感のある腕の動きに、運動服の裾から覗く白い腹。
それらを完璧に模写しながら、クレアは一心不乱に鉛筆を走らせ……
「……出来た」
魔法を放つエリシア(運動着バージョン)のスケッチを、完成させた。
その素晴らしい出来栄えに、クレアは満足げに頷く。
よし。今日もエリシアの可憐な姿を形に残すことができた。
しかも、運動着バージョンはレア中のレア。この絵はコレクションの中でも『特にお気に入り』フォルダに入れ、大切に保存しておこう。
……などと、達成感に満ちた表情で眺めてから……
(……って、何をやっているんだ、俺は……ッ!!)
突然我に帰り、膝から崩れ落ちた。
(まただ……エリシアを観察するだけでは飽き足らず、こんな絵まで描くなんて……!)
クレアはガクガク震えながら、スケッチブックを捲る。
そこには、彼自身が描いた様々なエリシアの姿が、何十ページも続いていて……
(何これ、怖……わからない。一体俺に何が起きているというんだ……?)
彼のエリシアに対する執着は、日増しに強くなっていた。
最初は数分見守るだけだったのが、数十分に増え、授業一時限分に増え……
それでも足りなくなって、思いついたのが、このスケッチ作戦だ。
こうしてエリシアの姿を描き残せば、記録にもなるし、いつでも見返すことができる。
そのために、クレアは独学で絵を学び、あっという間にプロレベルの画力を身に付けた。
それをほとんど無意識の内にやってのけたものだから、彼は自分自身が怖くて仕方がなかった。
「………………」
スケッチブックを見下ろし、彼は愕然とする。
一体、どうしてしまったというのだろう。
こんなの、『上司の遺言通りにその娘を見守る』ことの範疇をとっくに超えている。
エリシアのことになると、まるで別の人格に身体を乗っ取られたかのように自制が効かなくなる。
彼女を、もっと見ていたい。
もっともっと、彼女を知りたい。
嗚呼、これではまるで――
――ストーカーだ。
「………………」
クレアは、心を落ち着かせ、自省する。
どう考えても、この精神状態は異常だ。
このままでは本業に支障をきたす。
今後、エリシアを見守りにくるのはせいぜい月一……いや、二ヶ月に一回にしよう。
誰がどう見ても、エリシアの学院生活は上手くいっている。
こんな頻度で見守る必要は、どこにもないはずだ。
そう自分に言い聞かせ、クレアはスケッチブックを閉じ、立ち上がる。
そして、その場を去ろうと動き出す。
最後にもう一度だけ、エリシアの方を振り返り……
実技に励む、彼女の姿を見つめ……
(……あれ? もしかして…………)
ふと、何かに気付いたように、眉をピクリと動かすのだった。
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