死神男の見守り記録

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 この一年は、あっという間だった。  クレアは、エリシアの見守りを続けながら、『焔の槍』と"水瓶男(ヴァッサーマン)"に纏わる情報を集め続け……  チェロは、美人で清らかな教師を装いながら、推しであるエリシアを優しく指導し……  エリシアは、"錬糧術"実現に向け、ひたすらに努力を続けた。  そうして巡ってきた、エリシアの誕生日。  クレアは、どのように祝うべきかを熟考していた。  まず、ケーキを用意する。  何故なら今年は、エリシアが自分でケーキを用意をしている様子がないからだ。  それから……  そのケーキに、ジェフリーの想いを継いだミルガレッタの花を一輪、添える。  そうして去年と同じように、こっそり部屋に届けるのだ。 (俺にはこれくらいしかできないが……エリシアは、喜んでくれるだろうか?)  用意したケーキの箱を見つめながら、クレアは思う。  買ったのは、去年エリシアが購入していたルルベリーのケーキ。人気店なので、早めに予約をした。  きっと彼女は、今年も独りで誕生日を過ごす。  けれど、自分が贈り物をすることで、少しでも喜んでくれたら……  去年見せた、あの嬉しそうな笑顔を、もう一度見ることができたら。 「…………」  花の栞を眺めるエリシアの微笑みを思い出し、クレアの胸が高鳴る。  思えば、あの時初めて、クレアは『他人を喜ばせる喜び』を知った。  こうした人間らしい感情を手にすることができたのは、全てエリシアのお陰だった。  その感謝を、直接伝えることはできない。  この一年のエリシアの頑張りを誰より見守ってきたけれど、賞賛することもできない。  だから、せめて彼女の誕生日だけは……  この想いを、形にして贈りたい。  そんな決意を胸に秘め――  クレアは、二回目となる『エリシアのお誕生日大作戦』の行動を開始した。  * * * * 『大作戦』と言っても、前回程の準備は必要なかった。  何故なら、この一年で幾度となく魔法学院(アカデミー)へ侵入し、警備の隙も、身を潜めやすい死角も、各建物の錠の構造も、全て把握済みだから。  去年と同様、クレアは夕食の時間を狙い、エリシアの住まう女子寮の屋上へと上がった。  もう数時間もすれば、寮は消灯時間となる。エリシアが寝静まった頃合いを見計らって、バルコニーから侵入しよう。    クレアはもう一度、用意したケーキの箱とミルガレッタの花を確認する。  贈り物に抜かりはない。あとは、待つだけだ――  ――数時間後。  漆黒の夜空に月が高く昇り、日付が変わった。  エリシアの、十八歳の誕生日だ。  その時を迎えても、エリシアはバルコニーの窓を開ける様子はなかった。  やはり、去年のように亡き母に語りかけることはしないようだ。 (物音も、気配もない……もう寝ているのか?)  しばらく、クレアはじっと音と気配を探り……  動きがないことを確信し、バルコニーへと降りた。  そこでもう一度、部屋の中の様子に意識を向ける。  やはり、起きている気配はない。  クレアは意を決し、窓ガラスを解錠しようとする。  が、クレアがこじ開けるまでもなく、鍵は初めから開いていた。  鍵を閉め忘れたのか? とも考えたが……  もしかすると、父からの贈り物を期待したエリシアが、あえて開けたままにしていたのかもしれないと思い至り、クレアは小さく微笑んだ。 (……あれから、もう一年か)  ジェフリーが死に、思いがけない任務を託され、エリシアに出会ったあの日から、丸一年……  まさか一年後の自分にこんな心情の変化が生まれているとは、あの時は思いもしなかった。 (……お邪魔します、エリシア)  そう、胸の内で断りを入れてから……  高鳴る鼓動と共に、クレアはそっと、エリシアの部屋に足を踏み入れた。  ……直後。 (……………!!)  クレアは、すぐに足を止めた。  何故なら……  彼女の部屋に漂う香りに、脳が揺さぶられたから。 (せっけんのような、みずみずしい花のような、なんとも言えない甘い香り……おかしい。去年は何とも思わなかったのに、今は……)  これがエリシアの部屋の香りなのだと思うと、無性に……  無性に、ドキドキしてしまう。  その動揺を振り払うように、彼は軽く頭を振る。  そして、再び歩を進め、窓際の勉強机へと近付いた。  相変わらず大量の魔導書が積まれた、乱雑な机の上。  そこには、去年と同じようにエリシアが書いたノートが広げられていて……  あのミルガレッタの花の栞が、見開いたページに置かれていた。  それを目にしたクレアの胸が、じわりと温かくなる。    エリシアは、この栞を本当に大切にしていた。  授業に向かう時も、放課後に自主勉強をする時も、いつもこの栞を持ち歩いていることを、クレアは知っている。  ジェフリーから受け取った花が萎れたため、苦肉の策で作った栞だったが……今となってはかえって良かったと、クレアは心の底から思った。  その栞が置かれたノートの横に、クレアは用意したケーキの箱を置く。  そして、それに添えるようにして……  ミルガレッタの花を()()、置いた。  一輪は、ジェフリーからの贈り物。  そして、もう一輪は……自分から。  茎に結んだ赤いリボンに、応援と、感謝の気持ちを込めて。 (エリシア……十八歳の誕生日、おめでとう)  贈り物を無事に届け、クレアは部屋の奥に目を向ける。  木製のベッドの上で、エリシアが背中を丸め、横向きで眠っていた。  広いとは言えない部屋の中、耳を澄ますと、彼女の寝息が聞こえてくる。  その事実に……クレアの心臓が、ドキンと跳ね上がる。  いつもは遠巻きに見守っているエリシアが……  今、息遣いが聞こえる程の距離にいる。  手を伸ばせばすぐに触れられるような近さで、無防備に、眠っている。 「………………」  そのことを意識した瞬間……  クレアの中に、ある願望が込み上げてくる。  それは…… (……エリシアの寝顔……近くで、見てみたい)  その衝動に突き動かされるように……  クレアは静かに、ベッドへと近付いた。      
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