死神男の見守り記録

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 クレアは、最大限に気配を殺して……  エリシアが眠るベッドに、そっと近づく。  段々と近付く、可愛らしい寝息。  彼女は、ちょうどこちら側を向いて、横向きに丸まるように眠っていた。  クレアは、音を立てぬよう姿勢を低くし……  その寝顔を、覗き込んだ。  閉じられた瞼に、長い睫毛。  さらりと頬に流れる、艶やかな髪。  無防備に半開きになった、柔らかそうな唇。  エリシアの顔をこんなに近くで、じっくりと眺めるのは初めてだが……  彼女を構成する一つ一つが、どれを取ってもこの世のものとは思えない程に尊く感じられて…… (…………触れたい)  その感情を自覚した瞬間。  クレアの心臓が、再び強く脈を打ち始めた。  彼女を、見守りたい。  夢を実現させて、幸せに生きてほしい。    そう、心の底から願っているのに。  この手で、触れたい。  目と目を合わせて、話してみたい。  そんな自分勝手な欲望を、いつの間にか抱いてしまっていて。  駄目なのに。  特殊な任務に身を置き、人並みの幸せなど望めない自分が、一般人の彼女に関われるはずもないのに。  彼女の人生の、登場人物の一人になれたらと……そんな、願うことすら咎められるような願望を、抱いてしまっている。  自分の存在が彼女に知られたら、家族に素性を隠していたジェフリーさんの努力が全て無駄になると、わかっている。    でも、今は……今だけは……  その髪に、頬に、そっと触れることだけは、許してほしい。 「…………………」    クレアは、静かに右手を掲げると。  頬にかかった髪を、優しく払うように。  長い指の先をゆっくりと近付け、彼女に触れ…………  ……ようとした、その時。  ──パクンッ!!    ……彼の、その指が。  エリシアの口に、飲み込まれていた。 「…………!!」  突然のことに、クレアは声にならない悲鳴を上げる。 (まさか……バレた?!)    そう思い、心臓が一瞬にして冷たくなるが……  エリシアは、瞼を閉じたままニヤニヤと笑って、 「……んふふ……るるべりーろけーき……おいひ……」  クレアの指を甘噛みし、そんなことを呟いた。  これは……寝言だ。  どうやら、彼の指に残っていたケーキの香りに誘われ、寝ぼけて口に咥えたようだ。  バレてはいないことがわかり、クレアはほっと胸を撫で下ろす。  しかし…… 「………………っ」  安心した途端、彼女の口内に取り込まれた指の感覚が、生々しく伝わってきた。  柔らかな唇が、舌が、ちゅぱちゅぱとしゃぶるように吸い付き……  かと思えば、ねっとりと、絡みつくように纏わり付いてきて……  くちゅくちゅと艶かしい音を立てながら、指をトロトロに蹂躙していく。  エリシアのあの、ピンク色の舌が。  何かを探るように宙を舐めていた、あの舌が。  今、まさに、自分の指を舐め回している。    そのことを、目で、耳で、そして指の感触ではっきりと認識したクレアは……  ────ぷっつん。  自分の中の理性が、完全に切れる音を聞いた。 (…………もう我慢できない)    クレアは、ちゅぽんっと彼女が口から指を抜くや否や……  エリシアの身体を、仰向けに押し倒した。  そして掛け布団を剥ぎ取ると、パジャマ姿の彼女の上に四つん這いになって覆い被さり……  懐から取り出した巻尺(メジャー)を、その無防備な身体に当て始めた! (バスト七八! ウエスト五二! ヒップ七六!!  足のサイズは二三! 指輪のサイズは七号!!)  その採寸の手際の良さは、エリシアが目を覚ます暇もない程だった。  続いてクレアは、彼女の枕に付いていた一本の髪の毛を指で摘むと、腰に付けたポーチの中にしまい……  懐から小瓶を取り出して、この部屋の空気を取り込むように何度か振ってから、封をした。  彼女の全てが知りたい。  彼女の全てを把握していたい。  そのために、あらゆる数値と資料を手に入れたい。  だから、身体のサイズを計り、体毛を入手し、空気を採取する。    クレアにとって、これこそが、もっとも欲望に忠実な行動なのであった。  ある意味、"職業病"である。長年、内偵調査のエースとして生きてきたせいか、標的の情報を(つまび)らかに把握していなければ心が満たされないのだ。  相手はジェフリーさんの娘だぞ! と叫ぶ理性的な自分は、もういない。  何故なら……「恩人の娘にこんなことをしている」という背徳感すらも、彼をより興奮させているのだから。  クレアはずっと、自分がだんだんとおかしくなっていっているのだと思っていた。  しかし今、はっきりとわかった。  この衝動は、自分が元々持っていたモノ。  こっちが"本性"だったのだ、と。 「…………………」  クレアは、布団を剥がされてもなお眠り続けるエリシアの上に再び跨り……  覆いかぶさるようにして、鼻先を彼女の首筋に、そっと近づけた。    白くて華奢で、まだ何者にも触れられていない、綺麗な首筋。  その甘い香りを、胸いっぱいに吸い込む。  ……彼女に好かれなくていい。  愛されようだなんて思っていない。  ただ自分が、この世で誰よりも彼女のことを知っている存在でありたい。  そのために、これからも…… 「………どうか、見守らせてくださいね。エリシア」  そう、囁くように呟いて。  すやすやと眠る彼女に、布団をかけ直してやると。  彼は音もなく、部屋を後にした──      
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