死神男の見守り記録

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 ──カーテンの隙間から朝日が差し込み、小鳥たちのさえずりが聞こえ始める頃。 「……ん……」  エリシアは、静かに目を覚ました。  ゆっくりと起き上がり、ベッドから降りて、カーテンを開け放つ。  窓の外いっぱいに広がる、雲一つない青空。  十八歳の、誕生日の朝だ。  ……まぁ今年も、誰からも祝われる予定はないのだけれど。  なんて胸の内で呟いてから、登校の準備をしようと部屋の中を振り返り……  ふと、勉強机の上に、何かが置かれているのに気付く。  四角い小さな箱と……  その側に置かれた、二輪の白いミルガレッタの花。 「…………」  彼女は、赤いリボンが結ばれたその花を、そっと手に取る。  まさか、今年も贈り物があるだなんて。  窓の鍵は開けていたけれど、ここは四階。  一体誰が、どうやってここへ置いたのだろう? (本当に、父さん……なのかな?)  不思議だとは思う。  しかし、怖いとは思わなかった。  この花からは、悪意の香りは感じられないから。 「……誰だか知らないけど、いつもありがと」  彼女は微笑み、その香りをすぅっと吸い込む。  それから、すぐに小首を傾げる。  そう言えば、なんで今年は二輪なのだろう?  こんな洒落たリボン、今までなら付いていなかったのに。  それに、こっちの箱は一体……  一度花を置き、エリシアは箱に手を伸ばす。  そして、その中身をあらためて…… 「……うわぁ……!」  歓喜の声を上げ、瞳を輝かせるのだった。  * * * *  ──それから。  クレアは、今までにも増してエリシアの"見守り"に精を出すようになった。  誕生日の晩に理性が弾けて以来、定期的に彼女の部屋へ忍び込み……  その度に、熟睡する彼女の寝顔のスケッチを取り、身体のあらゆるサイズを測定し、ほくろの位置まで把握し尽くした。  もう完全に、開き直っているのである。  自分は、エリシアの熱狂的なストーカーであると。  そんな見守りを受けていることなど知らぬまま、エリシアは"錬糧術(れんりょうじゅつ)"実現という壮大な夢のために、たゆまぬ努力を続けた。  誰よりも真剣に授業を受け、図書館で文献を漁り、チェロに教えを請い……  魔法で望む食べ物を生み出す方法はないか、本気で模索した。  そんな日々を送っている内に、時間はさらに進み、半年が経った。  そして、それは……  ある日突然、何の前触れもなく、起こったのだった。  * * * *  放課後。  魔法学院(アカデミー)の、屋外演習場にて。    その日も、エリシアはチェロの個人レッスンを受けていた。  そして、目の前に顕現した木の精霊・ユグノの魔法を目の当たりにして…… 「………………」  完全に、フリーズしていた。 「こんな風に、ユグノを使うと蔦で相手を拘束したり、炎系の魔法をブーストさせたりすることが……って、エリス? どうしたの?」  真面目に魔法の解説をしていたチェロだったが、エリシアの様子がおかしいことに気付き、声をかける。  しかしエリシアは、虚空を見つめたまま無言で立ち尽くし…… 「…………貸して」  突然、低い声で、そう言った。  ただならぬ雰囲気を感じ、チェロは狼狽える。 「え……? エリス、何を……」 「早く。精霊封じの小瓶、貸して」  手を差し出し、淡々と言うエリス。  その表情は暗く、完全に目が据わっていた。 「い、いいけど……本当にどうしたのよ?」  心配そうに見つめながら、チェロは胸元から精霊を封じた小瓶を三つ、取り出す。  エリスは三つ全て奪うと、コルクを一つずつ開封してゆく。    初めに開けたのは、電気の精霊・エドラ。  封印を解かれ、中から黄色い光が浮かび上がる。  エリシアは、それを……  舌を出し、ペロッと舐めた。  次に開けた炎の精霊・フロルも、最後に開けた大地の精霊・オドゥドアも、同じように、舌で舐めるような仕草をして…… 「え、エリス……?」  訳がわからず呆然と眺めるチェロ。  それを、エリシアはゆっくりと振り返り、 「……そうか。これ……」  その瞳に、絶望と諦めを滲ませながら、 「あたしが感じていたのは………………精霊の味だ」  ぽつりと。  低い声で、そう言った。      
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