仕組まれた「はじめまして」

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 ──そして、今。  エリシアは、職員棟にある理事長室へと呼び出されていた。  立派な執務机の向こうに座る、眼鏡の中年男性。  グリムワーズ魔法学院を統括する、理事長である。  彼は、正面に立つエリシアに微笑みかける。 「エリシア・エヴァンシスカくん。君は本当に素晴らしい。精霊を認識できる天賦の才に加え、強い知識欲と優秀な頭脳を持っている。このレポートは、君の努力の結晶だ。この学院で君に教えられることはもうないよ」  理事長の言葉に、エリシアは「ありがとうございます」と落ち着いた声音で返す。  理事長が続ける。 「今後はより実戦的な環境で君の才能と知識欲を発揮し、国に貢献してほしい。さぁ、好きな進路を選んでくれ。軍部か、魔法研究所か。どちらも君が来てくれること心待ちにしている。理事長である私からの推薦ということで、実技試験も学科試験も免除だ。これで君も、後世に名を残す大魔導士の仲間入りを……」 「治安調査員で」  ……遮るように放たれたエリシアの言葉に。  理事長は、 「……………………は?」  ぽかんと開けた口から、間の抜けた声を上げた。  しかしエリシアは、にこりと微笑み、 「あたしの希望する進路は、治安調査員です。それ以外は考えていません」  きっぱりと、そう言った。  理事長は、戦慄の表情を浮かべ、震え出す。 「ち、治安調査員なんて……末端中の末端じゃないか! 国中を歩き回り、各領地に問題がないか抜き打ち調査する……身体さえあれば誰にでもやれる仕事だ! むしろ、能無しが左遷されてやるようなモノだぞ?! それを、君のような優秀な人間が……!」 「えぇ? それじゃあお話が違うじゃないですか」  不満げな声で、エリシアは再び理事長の言葉を遮る。 「だって理事長先生、今『好きな進路を選んでくれ』って言いましたよね? なのに結局、軍部か研究所の二択なんですか? 困るなぁ、あたしの人生を勝手に決めてもらっちゃあ」  そして、その赤い瞳をスッと細め、 「『国に貢献してほしい』? おかしなことを言いますね。生徒の希望する将来を後押しするのが"学校"という場所なんじゃないんですか? この学院に入ったのも、必死に勉強したのも、新種の精霊を発見したのも、国のためなんかじゃない。"自分のため"ですよ。それが間違っているとは思いません。だって、あたしの人生なんですから」 「で、では……何故君は、こんな卒業を早めるようなレポートを私に提出したのかね? 一刻も早く実戦の場に身を置き、出世したいからでは……?」 「だぁから、言ってるじゃないですか」  バンッ!  と、エリシアは執務机に手をつき、 「治安調査員になるためですよ。国から給料と経費をもらいながら、国中の美味しいものを食べ歩くことができるなんて……最っ高の仕事じゃないですか! 魔法で食べ物が生み出せないことがわかった以上、学院にいる理由はもうありません。あたしに残された道はコレしかないんです!!」  いや、なんの話?!  と、喉まで出かかったツッコミを、理事長は飲み込む。  何を言い出すかと思えば……美味いもの巡りがしたいがために治安調査員をやらせろ、だと? 「そ、そんなこと、許されるわけがないだろう! 君みたいな貴重な人材が、そんな泥臭い仕事……絶対に"中央(セントラル)"にいるべきだ! 美味いものが食べたいのなら、"中央(セントラル)"で高給取りになったらいいじゃないか!」 「はぁー、わかっていないですね理事長。高いものイコール美味しいとは限らないんですよ。それにあたしは、この国の各領地ごとの特産品やご当地グルメを楽しみたいんです。いくら"中央(セントラル)"で高い給料稼いだって、現地に行かなきゃ食べられないものがあるでしょう? そうした諸々を考慮した結果、治安調査員という職業があたしの希望する生き方に最も近いと結論付けたのです。もし、その職に就かせてもらえないというのなら……」  ニタッ、と……  エリシアは、悪い笑みを浮かべて、 「どこか他の国に移住して、そっちでバンバン精霊研究してやりますから。魔法技術を発展させて、軍事力ブチ上げて、このアルアビスに喧嘩売りますよ。あたしの特異体質があれば不可能じゃない。それは理事長も、よくご存知でしょう?」  なんてことを言ってのけるので……  理事長は、額から汗を垂らし、 「き、君、私に……いや、国に脅しをかけるつもりか?!」 「脅しだなんて人聞きの悪い。これは取り引きですよ。国としては、あたしを目の届く範囲において置きたいんでしょう? 国が管轄する職業の中で選ぶとしたら、治安調査員が一番いいと言っているだけです。その希望が通らないのなら、あたしはあたしで自由にやらせてもらう。筋の通った話だと思いますけど?」 「し、しかし……」 「しかしもカカシもないっ!」  バンッ!  エリシアは再び、執務机を叩いて、 「兎に角。治安調査員以外ありえませんから。国に話通しておいてくださいね、理事長せんせ?」  ニコッ、と愛らしい笑顔を残して。  彼女はそのままスタスタと、理事長室を去って行ってしまった……  
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