真面目な男の壊し方

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 ――魔法学院(アカデミー)に、始業を告げるベルが鳴り響く。  軍服に似た制服を身に纏った生徒たちが、談笑しながらそれぞれの教室へと消えてゆく。  クレアは、通路や廊下に人の気配がなくなったことを確認し、行動を開始した。  犯罪組織への潜入捜査を数多と経験してきたクレアにとって、魔法学院(アカデミー)の生徒一人の情報を探ることなど容易(たやす)かった。  人目を避け、器具で鍵を解錠し、生徒資料の保管庫へと侵入する。  ずらりと並ぶ棚の書類に目を通し、序列を把握して、最短でエリシアの資料を特定する。  そうしてクレアは、あっという間にエリシアが住む女子寮の部屋番号と、専攻する授業の時間割などの情報を入手した。   (任務で培った潜入スキルを、まさか女子寮へ侵入するために使うことになるとは……)  などと自嘲しながらも、クレアは情報を素早く暗記し、音もなく資料室を後にした。  さて、次にすべきことは、エリシアの姿の確認だ。  クレアはまだ、エリシアを見たことがない。  花の栞を間違いなく届けるためにも、エリシアの顔をしっかり確認しなければならない。  再び清掃員を装い、クレアはエリシアが履修している授業の教室に近付いた。  教室の扉には小さな窓ガラスがあり、そこから教室の中が見える。  クレアは廊下を掃除しながら、教室内の声に耳を澄ました。  しばらく聞き耳を立てていると、 「では、この魔法陣について……エヴァンシスカさん。何か気付くところはありますか?」  ちょうど、教師がエリシアを指名するのが聞こえた。  クレアは窓からそっと教室内を覗く。  数十人が着席する教室の中。  一人の女子生徒が、起立する。  可憐な少女だった。  ピーチブラウンの艶やかなミディアムヘアが、さらりと揺れる。  身長は、同世代の中では小柄な方。  愛らしい顔立ちをしているが、宝石のように赤い瞳には強い意志が感じられ、聡明な印象を漂わせている。  そんな少女が、凛とした声で発言する。 「この魔法陣の場合、『成長する』ではなく『蔓延(はびこ)る』という指示言語を用いるのが適切です。魔法の発動時間を短縮できる上、より適切な事象を生み出すことができると考えます」  澱みないその答えに、他の生徒たちが驚いたような顔をする。  教師は満足げに頷き、彼女の発言を肯定する。 「その通りです。魔法陣を描く際に用いる古語の場合、『蔓延る』を選択した方がスペルが短縮できます。また、樹木の精霊・ユグノは扱いが繊細なため、望む事象ごとに指示言語を適切に選ぶ必要があります。みなさんはまだ一年生なので、現代語だけでなく古語の語彙を増やすことを意識しましょう。エヴァンシスカさん、素晴らしかったわ。ありがとう」  生徒たちから尊敬の眼差しを受けながら、エリシアは静かに着席した。    クレアには魔法に関する専門的な知識はないが、それでもエリシアがかなり優秀であることが今のやり取りからわかった。どうやら彼女は、所謂(いわゆる)優等生のようだ。 (見た目も中身もジェフリーさんとは似ても似つかない……母親に似たのだろうか?)  そんなことを考えながら、クレアは窓から離れる。  エリシアの容姿は確認できた。  あとは放課後、寮に帰るのを見届けたら、夜まで待機だ。  そして、眠った頃に部屋へ侵入し、栞を届ける。  クレアは胸ポケットの中の栞に意識を向けながら、エリシアのいる教室を後にした。  
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