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午後。
全ての授業が終了すると、魔法学院の生徒たちはクラブ活動や魔法研究など、各々の放課後を過ごす。
先ほどクレアが確認した情報によれば、エリシアは特定のクラブや研究会には所属していないようだ。
そうした無所属の生徒は、一人で勉強するか、早めに帰宅して放課後を過ごすはず。
勉強するなら、校内にある巨大な図書館に向かう可能性が高い。
帰宅するなら、寮は学院の敷地内にある。
いずれにせよ、追跡は容易い。
そのような推測を立て、クレアは授業終わりのエリシアの動向を探ったのだが……
結果的に、彼の推測はどちらもはずれた。
何故ならエリシアは、鞄を背負うと、スタスタと校舎を後にし……
迷いなく正門を潜り、学院の敷地から出て行ってしまったから。
(…………え?)
予想外の行動に、クレアは慌てて清掃員の服を脱ぎ、目立たない一般市民の装いに着替えた。
そうして、学院の外――王都の街に繰り出すエリシアの後を追った。
王都は、その名の通り国内で最も栄えた都だ。
魔法学院を出て少し歩けば、すぐに繁華街へ辿り着く。
新鮮な食材を売る市場。
厳かで古めかしい佇まいの魔導書店。
アフタヌーンティーを楽しむ人で溢れるカフェ。
広場では曲芸師が歓声を浴び、吟遊詩人が琴を爪弾いている。
活気に溢れた大通りを、エリシアは制服のままツカツカと進んでいた。
優等生かと思いきや、慣れた足取りで繁華街へ繰り出すとは……
(父親に似て、案外不良なところがあるのか……?)
と、少々面食らいながら尾行を続けると、エリシアはある店の前で足を止めた。
そして、ドアベルを鳴らしながら、「こんにちはー」と店内に入って行った。
彼女の姿が完全に見えなくなったことを確認し、クレアは店に近付く。
見上げた看板には、こう書かれていた。
『ベアンズミート』
辺りに漂う香ばしい香り。
どうやら、ステーキなどの肉料理を扱う店のようだ。
(魔法学院の女子生徒が、一人でステーキ屋に? しかも、こんな中途半端な時間に……)
ますます疑問に思いながら、クレアは大通りから細い路地に入り、店の裏側へと回り込んだ。
窓からそっと店内を覗くと、カウンター席に座るエリシアと、店主らしき男が談笑しているのが見える。
幸いなことに、店の窓が少し開いていた。
クレアは息を潜め、エリシアたちの会話に耳を傾ける。
「珍しいな、エリスちゃん。いつもは休みの日に来るってのに」
「実はあたし、明日誕生日なの。でも、明日は時間割的に来られそうにないから、今日来ちゃった。特別な日にはやっぱりここのステーキが食べたいからね」
……ということらしい。
小柄で華奢なエリシアがステーキ屋に通っていることにも驚きだが、理由を語る彼女の朗らかな口調にも、クレアは驚いていた。
先ほど授業の時に聞いた彼女の口調は、真面目で淡々としていて、どこか冷たさを感じる程だったが……
今聞こえてくる口調は明るく溌剌としたもので、まるで別人のようだ。
エリシアの言葉に、店主の男が豪快に笑う。
「あっはっは! そういうことか。なら、今日はいつも以上に気合いを入れて焼かなくちゃな。肉のサイズアップもサービスしてやるよ。俺からの誕生日プレゼントだ!」
「嬉しいけど、いつもと同じサイズでいいよ。寮に帰ったら晩ご飯食べるんだもん。これはおやつだから」
ステーキが、おやつ。
エリシアの返答に、クレアは耳を疑う。
どうやら彼女は、見た目からは想像もつかない程に食いしん坊で、本当は明るい性格をしているらしい。
その後も、エリシアと店主の親しげな会話は続いた。
そうしてしばらくの後、エリシアの前にステーキが出された。
鉄板の上で脂が跳ねるジュウジュウという音がクレアの耳にまで届く。
まるで美しい宝石を目にしたように、エリシアは瞳を輝かせ、
「ひゃーっ、今日もおいしそう! いただきまーす!!」
これまでで一番高揚した声で言って、食べ始めた。
ナイフとフォークが動く音の後、「あーん」というご機嫌な声が続き……
そこから、急に静かになった。
しばらく待っても、何も聞こえてこない。
不審に思い、クレアは窓を覗き込み、彼女の様子を観察した。
すると、エリシアは……
ナイフとフォークを置き、左手で口元を押さえ。
右手の親指を、店主に向けてグッと立て。
目尻に涙を浮かべ、ぷるぷる震えながら……
「うっ…………まぁあ……っ!」
振り絞るように、そう言った。
さらに、
「この肉の繊維の歯切れの良さ……赤身と脂身のバランス……計算し尽くされた厚みと焼き加減……そして、素材の味を最大限に引き立てる特製ソース……! マスター、あなたは天才よ……今、あたしの全細胞が歓喜に震えているわ……!!」
熱のこもりまくった声で、力説した。
クレアがぽかんとしていると、店主は「がっはっは!」と嬉しそうに笑い、
「相変わらずリアクションがでかいなぁ! けど、ありがとうよ。ほんと、作り甲斐のあるお嬢さんだ!」
それを聞き、クレアはようやく合点がいく。
なるほど。エリシアは、あのステーキが美味しすぎて、このような大仰な反応を示したのか。
(熱さに悶えているのか、そうでなければ毒でも盛られたのではと考えてしまった……)
などと物騒な思考に至ってしまうのは、幼少期から危険な任務に身を置いていたが故の職業病だったりするのだが……
何にせよ、料理を食べただけでここまで感情を昂らせる人間を、クレアは見たことがなかった。
クールで優等生な、魔法学院の生徒。
でも、放課後はステーキをおやつにして悶絶する、食いしん坊な少女。
(ジェフリーさん……あなたの娘さんは、少し変わっているかもしれません)
思わず苦笑を浮かべながら、クレアはステーキをぺろりと平らげるエリシアの様子を見届けた。
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