カナールの頂上祭

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 ──ぱくっ。 「……んんんまぁぁああっ!」  歓喜に満ちたエリスの声が反響する。 「このプリンほんっとに美味しい……キャラメルのほのかな苦味と、程よく感じる塩気……甘さと対極にある二つの味が、生地の甘さを最大限に引き立ててる……っ」 「……それ、さっきも聞きました」  優勝賞品のプリン(五個目)をうっとり食べるエリスの横で……  肩まで湯に浸かったシルフィーが、ため息混じりにそう言った。  結局、『頂上祭』で一位になってしまったエリスたちは、荷車いっぱいに乗った瓶入りプリンを授与され……  同じく一位の賞品である高級温泉宿・かもめ旅館の宿泊券を使い、今夜はそこに泊まることにしたのだった。  ……で。  エリスの魔法で全身びしょ濡れになった一行は、まず風呂へと直行し。  今、エリスとシルフィーは肩を並べて露天風呂に浸かっている、というわけである。  湯船に小さなおぼんを浮かべ、その上にプリンを乗せて、エリスはぱくぱくと堪能している。  が、隣で肩を落とすシルフィーに気付き、食べる手を一度止め、 「……いや、ほんとごめん。あたしも途中で二位になろうって決めたんだけど……つい、吹っ飛ばしちゃって」  と、何度目かわからない謝罪の弁を述べた。  しかしシルフィーは、ずーんと俯いたまま、ぼそぼそと呟き始める。 「いえ……元はと言えば私がもっとちゃんとしていればよかったんです……道に迷わず早めにカナールに着いていれば、事前にレースの障害物や他の参加者についても下調べして、準備万端で臨めたのに……結局、レース中に道に迷った挙句、不正まで働いて、お金とプライドを失って手に入れたのは、プリン一年分。私、もう王都に帰ろうかな……いや、むしろ土に還るべきですね。はは」  と、高級投網を手に入れられなかったショックを引きずり、ネガティブの沼に沈んでゆく。  今回ばかりはエリスも心底申し訳ないと思い、シルフィーの肩にそっと手を置いて、 「その漁師のおじいさんは、あたしがなんとか説得するから。一緒に行って、イリオンの現状を調査しましょ。王都に帰るのはそれからよ」 「説得って……どうするんですか? 私が話を聞こうと何度訪ねても、『知らん!』『帰れ!』『二度と来るな!』って門前払いだったのに……」 「うーん。そうねぇ……」  絶望たっぷりな視線を送るシルフィーに、エリスは暫し天を仰ぎ……こう尋ねる。 「……そのおじいさん、家族はいないの? 例えば、孫とか」 「孫? さぁ、そこまでは知りません。お家にはお一人で住んでいるようでしたし……」 「独り身かぁ、残念。なら、人質作戦はナシね」 「って、なに物騒なこと考えているんですか?! ダメですよ、法に触れる方法は!」 「えー? でもさぁ、(チカラ)にモノ言わせた方が早くない? それか(カネ)」 「……あなた、その可愛らしいお顔でよくそんなチンピラみたいな発言しますね?」  シルフィーのツッコミに、しかしエリスはけろっとした顔で瞬きをし、 「使えるものはなんでも使ったほうがいいでしょ? あたしには魔法があるし、シルフィーには財力がある。力と金があれば、たいていの物事は思い通りに動くわ」  なんて、悪の親玉みたいなことを言ってのける。 (……一体どんな人生を送ってきたら、この若さでそんな思想に至るのかな……?)  もはや心配すら覚えながら、シルフィーは小さくため息をつく。 「……私は、あまりお金にモノを言わせたくないんです。これまで何でも家のお金に頼って生きてきたので……そういうの、もうやめにしたいんです。せめてこの仕事は、自分自身の力でやるって決めていて……」 「なんで?」  ……と、シルフィーの言葉を遮り、エリスが尋ねる。 「お金持ちの家に生まれたことも、あなたの立派な能力じゃない。思う存分、使っちゃえばいいのに。あたしだって生まれつき精霊を認識できる能力があるけど、それを使うことがズルだとは思わないわ。自分の人生なんだもの、誰にどう思われようが利用できるものは利用して、楽しく生きた方がよくない?」  なんて、無垢な口調で言うので……  シルフィーは、目を(しばた)かせて、聞き返す。 「……え?! エリスさん、精霊を認識できるんですか?!」 「うん」 「どどど、どうやって?!」 「味覚と、嗅覚で」  驚愕するシルフィーに、エリスはぺろっと舌を出し、あっけらかんと答えた。  シルフィーは耳を疑い、考える。  味覚と嗅覚で、精霊を認識する……そんなことがあり得るのか?  しかし、それが事実なら、あれだけの威力の魔法を連発できるのにも説明がつく。 (なるほど……精霊がどこに、どれだけいるのかがわかるから、あんなに的確な魔法陣が描けるのね……)  再三エリスの魔法の餌食になっているからこそ、シルフィーはその精度を理解し、否が応でも納得させられてしまった。  呆然とするシルフィーに、エリスはにこっと笑って、 「もちろん、無抵抗なご老人に対していきなり乱暴な真似はしないわよ? もう一度、誠心誠意頼んでみて、やっぱり取り合ってくれなかったら、その時は金か魔法でおじいさんを揺さぶる。それでもダメなら、クレアに任せる。あいつは情報収集のプロだからね。ほら、なんとかなりそうでしょ?」  なんてことを言って、小首を傾げる。  可愛さと才能に見合わないチンピラのような思考に、シルフィーは半眼になりながら……何度目かわからないため息をつく。 (……変な人。でも……この人を見ていると、いちいち落ち込みながら生きているのが馬鹿らしくなってくるなぁ)  そして、シルフィーは困ったように微笑んで、 「……わかりました。ほんとのほんとの最終手段として、お金は用意しておきます」 「うんうん、そうしよそうしよ。ってことで、悩みは一旦置いておいて。今はこの最高級のお宿を楽しもー! あぁっ、走って疲れたから温泉が沁みるぅーっ。プリンも美味しいし、最っ高に幸せ!」  ぱくっ、とプリンを口に運び、エリスはうっとり笑みを浮かべる。  その無邪気な横顔に、シルフィーも「なんとかなるんじゃないか」と思い始めていた。  ……それから。  シルフィーは、少しあらたまった雰囲気で……ずっと気になっていたことを、エリスに尋ねる。 「ところで……エリスさんって、やっぱりクレアさんと付き合ってますよね?」 「んぐぅっ?!」  突然放り込まれた爆弾に、エリスはプリンをごくんっと飲み込む。 「げほっ、げほっ! な、なんの話?!」 「だって、穴の中でイチャイチャしてたじゃないですか」 「イ……?! し、してないし! たまたま一緒に穴に落ちただけだから!!」  と、先ほどまでの飄々とした態度から一変。顔を真っ赤にし、必死に否定するエリス。  それを見たシルフィーは、 (……あやしい)  きらーん、と眼鏡の縁を光らせ、追撃する。 「私にはそんな風に見えませんでしたよ? エリスさんとクレアさんが仲睦まじく身を寄せ合っているように見えて……」 「ち、違うから! アレは、その……なんというか……」 「……なんというか?」  ずいっ、と顔を覗き込まれ、エリスは目を泳がせるが……シルフィーの圧力に観念したように、ぎゅっと目を瞑り、 「……な、仲直りのハグをしていたのよ。あたしが誤解していたせいで、ちょっとケンカみたいになっちゃったから……仲間同士でハグするくらい、フツーでしょ?」  そう、ヤケクソ気味に答えた。  それを聞き、シルフィーは察する。  昨日の「あーん」のように、エリスの常識知らずなところにつけ込み、クレアが好き放題したのだろう、と。 「でも、友情のハグにしては距離感がおかしかったような……今にもキスしそうな雰囲気で見つめ合っていませんでしたか?」 「そ、それは……!!」 「それは?」 「うっ…………に、匂いを嗅いでいたのよ」 「……におい?」  シルフィーが聞き返すと、エリスはこくんと頷き、 「わかんないんだけど……クレアって、なんだかいい匂いがするの。だから、ちょっと嗅いでいただけで……決してイチャイチャしていたわけではないから……っ」  頬を染めながら、弱々しく答えた。  シルフィーは少し、鼻息を荒くし、 (これは……なかなかに興味深い)  さらにエリスの方へと身を乗り出し、尋問を開始した──  
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