蕩けたプリンは戻らない(エリス視点)

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(く、苦しい……)  やってしまった。完全に、食べ過ぎた。  限界まで膨らんだ自分の胃を押さえ、エリスは激しく後悔した。  あぁ、もう。何をやっているのだろう。  せっかくの美味しい朝ごはんを、『苦しい』という負の感情で終えるだなんて。  食事のペースをここまで乱すとは……なんたる不覚。 (それもこれも、クレアがこっちを見過ぎなのが悪い……っ!)  ……と、チェックアウトを済ませ、宿の外で地図を確認中のクレアを睨む。  すると、その視線に気付いたクレアは、エリスの方を向き、 「心配しなくても、このプリンはちゃんと私が運びますから。イリオンでも思う存分、お召し上がりくださいね」  そう言って、にこりと微笑む。  そんな彼の後ろには……(おびただ)しい数の瓶入りプリンを積んだ、荷車があった。  言わずもがな、『頂上祭』の優勝賞品である絶品・塩キャラメルプリン一年分だ。  三人で少しずつ食べたものの、昨日一日で食べ切れるわけもなく……荷車ごと譲り受け、持ち運ぶことにしたのである。  こちらが意図するところとは違う返答が返ってきたことに、エリスが少し面食らっていると、 「優しいですよね、クレアさん。普通あんなの、運んでくれないですよ?」  シルフィーがこそっと、耳打ちしてくる。その口元は、意味ありげにニヤついていた。  エリスは何か言い返してやりたい気持ちになるけれど、クレアがいる前であまり変なことを言うわけにもいかず…… 「…………あ、ありがと」  とりあえず、プリンを運んでくれることに対し、素直にお礼を述べておいた。  ──ガラガラと荷車を引きながら、一行はカナールからイリオンの街を目指す。  海沿いの道を真っ直ぐに進めば、夕方には到着する見込みだ。  晴天の下、右手に臨むのは、果てなく広がる凪いだ海。  少ししょっぱい潮風を吸い込み、エリスは「んーっ」と伸びをする。  そして、 「さ。プリン食べよ」 「えぇっ?! さっきあんなに朝ごはん食べたのに、もう食べるんですか?!」 「だって、美味しい内に食べたいじゃない。冷気の魔法をかけているとはいえ、さすがに何日も経てば悪くなっちゃうし。ということで、シルフィーも食べる?」 「うぇ……まだぜんぜんお腹空いてないんですけど……」  シルフィーはげんなり項垂れるが……エリスが荷車からプリンを一つ手に取り、「ん」と差し出してくるので、仕方なく受け取ることにした。  正直なところ、エリスだって満腹状態だ。  しかし、自分のせいで手に入ってしまったプリンを無責任に捨てることなどできるはずもなく……  そうしてエリスは歩きながら、プリンを二個、平らげた。  シルフィーの方は、食べてはみたもののなかなか手が進まず、やっとの思いでひと瓶を空にした。 「うっぷ……」 「もう、無理なら食べなくてもよかったのに」 「そりゃあ無理もしますよ……これが手に入ってしまったのは私のせいでもあるんですから。うぅ、昨日から散々食べてるから、口の中が激甘ぁ……」 「そう? あたしはちょうど良い甘さだと思うけど」 「こんなに甘味を接種して、精霊を感知する能力に影響出たりしないんですか? っていうか、今みたいに普通に過ごしていても精霊の味がわかったりするんです?」  シルフィーに聞かれ、エリスは「ううん」と首を振る。 「それなりに意識して判別しないと、細かな種類や数まではわからないよ。だから魔法を使う時は、こうして……」 『舌を少し出すの』  ……と、言いかけて、やめる。  何故なら、 『魔法を使う前、ぺろっと出す舌が可愛い』  ……昨日、クレアに言われた言葉を、また思い出してしまったから。  だからエリスは、代わりに、 「……こうして、匂いをめっちゃ吸い込むの! そうすると、だいたいわかる!」  鼻からスゥゥッ、と息を吸い、深呼吸してみせた。  が、慌てて吸ったものだから、「げほげほ」と咽せてしまう。  見かねたシルフィーが、心配そうに背中をさすった。 「だ、大丈夫ですか? 精霊を認識するのも意外と大変なんですね……そういえば、エリスさんが肩からかけてるその本、『魔導大全』ですよね? それも魔法と何か関係があるんですか?」 「え? あぁ、これはただのメモ帳」 「……メモ帳?」 「そ。今までに食べた美味しいものの記録を、付箋に書いて貼ってるの。紐がついてるから持ち運べるし、ページ数多くて便利でしょ?」  そう言って、エリスはそれをシルフィーに差し出す。 「学生時代からコツコツ書き溜めてきたんだ。この本のページがぜーんぶ付箋で埋まったら、自分の料理店を出すのがあたしの夢なの」  などと、誇らしげに言うので……  シルフィーはそれを受け取り、中をパラパラと捲ってみた。 「うわ、ほんとに付箋だらけ……これ、結構貴重な文献ですよ? なんて罰当たりな……」  ……と、言いながら。  エリスが最近書いたと思われる付箋をいくつか眺め。 「……ふぅーん。確かに、美味しそうな記録がいっぱいですね」  口の端をニヤつかせながら、エリスにそれを返した。  妙な笑みを浮かべるシルフィーをエリスが不審に思っていると、荷車を引くクレアに呼びかけられる。 「エリス。お昼ご飯はどうしますか?」 「へっ?! そ、そうね……この先に、何か食べ物屋さんはあるのかな?」 「あそこにパン屋の看板が出ています。この先、他に飲食店があるかわからないので……今のうちに買っておきますか?」 「うん、そうしよう! サンドイッチとか買って、途中で休憩がてら食べよっか」  そう言って、少し先に見えるパン屋を目指し、ずんずん進む二人。  その後ろ姿を見つめ、シルフィーはため息をつき、 「この人たち、ほんと食べ物のことばっか……」  膨れたままの腹を摩り、ウンザリと呟くのだった。  
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