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blue blue ocean
ピアノの音、波の音。ざぶん、ざぶん。母の記憶。海沿いのわたしと父の家。寄せては返す。ざぶん、ざぶん。母が消えて、ざぶん、ざぶん、ピアノが消えた。残されたのはわたしと父。まだ五年生だった。わたしはだいちくんには父がきらい、と言えた。たいちくんには言えなかった。ざばん、ざばん、わたしの心はふたりに乱れた、けれど、わたしは父が、おとうさんが好きだった。好きで、きらいだったんだ。
蜜柑畑がわたしん家までずうっと落ちてくる下り坂。わたしは上のたいちくん家まで自転車押して上がった。たいちとだいち。おんなじ大地。わたしは海。勝った方のお嫁さん。見るはずの無い儚い夢、絵空事。わたしの現実はおとうさん。母の代わりの、わたしは女。それでも、青春みたいな気持ちも悪くない。
「ようい、ドン!」
わたしの合図に坂を駆け下り出すふたり。うわっ、はやっ!ゴールテープ準備しなきゃ。慌てて自転車で追いかける。なんとやっと追い付いたらもう中間地点だよ。間に合うかなあ。だいちくんが少しリード。けどこの先はカーブが緩くなる。走り慣れたたいちくんが有利かも。逃げきって欲しい。だいちくんにならわたしのあの秘密を話せるかもしれない。たいちくんには絶対言えない。父とのあの秘密。
快晴、望む海は青くて、このまま自転車で勢い付けて飛び込んじゃいたいくらいに、空も海もおんなじ色してた。忘れてたかもしれない。
なんとか間に合った。予め家のポストにくくっておいた白い紙テープを引っ張って待つ。
ごくり。
最後、ヘアピンがあるから直前までわからない。
どき、どき
だい、あっ、たいち、くん。テープを切ってぜいぜい、わたしの渡したポカリごくごく飲み干した頃、やっとだいちくんの姿が見えた。
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