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身体から力が抜けきっていた僕の身体はあっさりとホームの内側へと引き戻されてしまった。
何が起きたかわからずホーム上に立ちすくむ僕に声をかけたのはほかの誰でもない今、僕の震える手を引いた少女であった。
「大丈夫?あなた」
その少女は歳は同い年くらいに見える、どこか友加里に似た穏やかで懐かしい印象を抱かせる優しい瞳をしていた。
その瞳は一瞬の気の迷いから僕を救い出す天使のようにも、またもや苦しみを引き延ばす悪魔のようにも感じられた。
放心している僕にまた彼女は声をかけた。
「急にごめんなさい。放っておいたら怖いことになるんじゃないかと思って……私、あなたにはまだ死んでほしくないの。」
僕もこんな風にとっさに彼女の手を引くことができたら。友加里は死なずに済んだ。感極まった僕を彼女は優しく駅の外に連れ出した。
絶望の中で死の淵から助けてく出してくれた人。
僕ができなかったことを平然とやってのけた彼女。
僕は彼女の事を詳しく知りたくなった。
散歩をしている一人の老人の姿以外は無い駅の側の寂れた公園で平静を取り戻した僕は、彼女と一緒に近くのファミレスに入った。
着席後、二人ともドリンクバーを注文したが飲み物を取りに行く間もなく僕は重い口を開いた。
「なぜ……僕を助けたの。」
彼女ははっとした顔をした後、少し申し訳なさそうに言った。
「さっき言った通りで深い意味はないの。あなた凄く悩んでたように見えたから後ろから気になって見ていたの。そうしたら本当に飛び込みそうになったから焦っちゃって……ごめんなさい。私は結花。よろしくね。飲み物は何が飲みたい?」
「とりあえずありがとう。亮介。僕は瀬良亮介。よろしく。さっぱりしたい気分だからコーラが飲みたいな。」
結花は片手をあげると速足でドリンクサーバーのほうへ歩いて行ってしまった。それにしても不思議だ。
彼女のような高校性くらいの少女がこんな真昼間に駅で何をしていたのか…。
僕のように精神的に衰弱しているようにも見えないし、学校をサボっていると考えるのが妥当か。
そもそも学校に行っていないのかもしれないしきっと何かわけがあるのだろう。
細かい詮索はしないことにした。
まもなくするとコーラとメロンソーダを両手に持った結花が戻ってきた。
そこからさっきまでの陰鬱な空気とは打って変わって他愛の無い会話を交わした。
偶然にも僕の好きなバンドの趣味が一致し、二人の会話は思いの他花が咲いた。
音楽の事のみならず驚くように同じような趣味が多く、自身とどこか似た性格の彼女に僕は安直にも何か運命的なものを感じ始めていた。
幼少期に大きな事故に遭い母親の輸血で助かったことや、将来は歯科技工士を目指していること。
彼女は僕に自分の話を包み隠さず教えてくれた。
彼女の壮絶な過去や希望のある未来。
そんな人間味にあふれる彼女の話に僕はすっかり心をを奪われていた。
時折見せる幼気な面影を残した笑顔。
初めて友加里に会った時に感じたもの。
いや、それよりも強く新鮮な胸が締め付けられるような感情が沸き上がった。
友加里が列車に飛び込んだ時に止まっていた時間がまたゆっくりと動き出したような気さえしたのだ。
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