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シシンは跳ね上がった剣を真っ向から切り下げようとしたが、すでに追い剥ぎは脱兎のごとく逃げ出していた。もはや得意の突きも届かない距離だった。
「ちっ! 逃がしたか!」
舌打ちをしながら、剣を鞘に収める。
「剣士様、助けていただいて、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げて良いのか……」
「危険な目に遭う事を知っていながら、急いでいた理由は、聞きたくもない。だがな、襲われたときのことを考えて行動しろ! 俺が助けに来なかったら、お前たちは今頃殺されていたんだぞ!」
「はい。おっしゃる通りでございます。私たちが浅はかでした……」
と妻の方が開けた胸元を掻き合わせて言う。その声はまだ微かに震えていた。
「私たちは王都で商売をしておりまして。親族の結婚式に出席するため、先を急いておりました。しかし、本当に追い剥ぎに遭うとは……」
「それで、どうするんだ? こんな目に遭ってもまだ先を急ぐのか? さっきの奴にまた遇うかも知れんぞ!」
「いえ、この通り、怪我もしましたし、血も浴びました。とても旅を続けられる格好ではありません。いちど先ほどの村に戻ります」
そういった夫の方は、追い剥ぎの拳を両腕で上手に庇ったのか、口の端が少し切れて腫れている程度だった。
妻の方は、服に追い剥ぎの血が付いていたが、怪我などはなさそうだった。もともと気丈な気質なのか、旅慣れているからなのか、このような酷い目に遭っても、脅えた様子が少しも見られなかった。
「――ああ、その方がよい。俺も一緒に戻ってやる」
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