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御光流の師範は、正面に構えた木剣を顔の前で垂直に立てた。
自分の前面を木剣で隠すような格好だ。
木剣越しにシシンを凝視している。
シシンが足を送り、突きの届く間合いに入った。
恐らく相手は間合いにはまだ入っていないと油断しているはずだ。
剣先に勢いを乗せて、一気に突きを繰り出した。
床板を踏み抜くような大きな音に続いて、木剣の噛み合う音が修錬場に響いた。
が、師範が木剣を少し傾けただけで、シシンの突きはいなされた。
シシンの突きが師範の脇をすり抜けていく。
師範が垂直に立てていた木剣を水平に寝かせた。
前に進む勢いを止められぬシシンの目に、師範の剣先が迫ってくるのが見えた。
シシンは反射的に仰け反った。
鼻先すれすれに師範の木剣が流れていき、自分が倒れていくのを感じた。
シシンの背が派手な音を立てて床板に当たった。
シシンは、いま修錬場の床の上に横になっていることが信じられなかった。
突きを極めようとして、突きで返されたのだ。
「……大丈夫ですか? 頭を打ちませんでしたか?」
師範が心配そうに上から覗き込むのが見えた。
「おれは……、俺は、負けたのだろうか……」
シシンの意識が確かであるのが判って、師範は安堵したようだった。
「さて、どうでしょう。わたしも決め手に欠けましたので、引き分けではないでしょうか」
――いっそのこと、お前の負けだ、とはっきり言ってくれ。
シシンは上体をゆっくりと起こすと、床の上にあぐらをかいて座った。
ゆっくりと頭を巡らして、周りの弟子たちの様子を覗った。
弟子たちの表情に特に感情はあらわれていなかった。
自分たちの剣術を誇っているのでもなく、シシンのことを哀れんでいるわけでもない。さりとて、稽古を邪魔した迷惑なヤツだと思っている風もない。
――いったい、こいつらは何だ!
シシンには全く理解できない人種だった。
師範が手を差し伸べてきた。
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