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「武術家たるもの、己が強いのは当然のことでしょう。であるならば、優劣の違いは目的にあるのではないでしょうか」
「ふむ――」
「一度、王都にある宗家の修錬場に行ってみなさい。シシン殿ならば、会得するものがあると思います。私の紹介状がなくても、ここと同じように、来る者を拒みません」
このあとシシンは、皆に礼のみ言うと修錬場を去って行った。
「ひょっとして、シシン様は全国剣術大会の優勝者では――?」
御光流の師範から、王都の修錬場に行くように勧められたこともあって、シシンは廻国修行に出立した。幾日かの泊まりを重ねて、かなり王都に近づいたところで、修行人宿の主人が、シシンが先の大会での優勝者であると気づいたのだ。
「そうだが、何か?」
以前なら、優勝者か、と聞かれれば、自慢げに「そうだ」と応えていただろう。しかし、御光流との仕合以来、優勝者であることにそれほど値打ちがあるとは、ますます思えなくなっていた。
「優勝者であるということは、羅秦国内でもいちばんお強い剣士様なんですよね」
「理屈の上ではそうなるが、優勝するかしないかは、そのときの運だ」
「でも、達人でいらっしゃるのでしょう?」
「まぁ、その辺の剣を持った連中よりは、多少ましな方だと思っている」
「また、そんなご謙遜を……」
「それで、要件はなんだ?」
全国剣術大会の優勝者といって褒めても、さほど嬉しそうにしないシシンを宿屋の主人は意外な思いで眺めた。
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