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それで、褒めても機嫌のあまりよろしくないシシンに、「実はですね。シシン様を剣の達人と見込んで、助けていただきたいことがございます」と、要件を直截に伝えた。
「剣の達人云々というからには、剣を遣って何か仕事をするのだな?」
「はい。最近、この先の峠で追い剥ぎが出るようになりましてね。旅人を狙って、金品を強奪するだけでなく、酷いときには命を奪ったりするのです。それで、最近は、旅人の方はできるだけ大きな集団になってもらって、峠に向かうようにお願いしています」
「なぜ、治安部隊に追い剥ぎ退治を頼まないのだ?」
「ええ、頼んでいるのですが、このような小さな村にはなかなか出張っていただくことは難しいようで――」と言って、宿屋の主人は王都の方向を眺めた。
「それで、つい先ほど、夫婦連れの旅の方が、どうしても急ぐとおっしゃいしましてね、峠のほうへ行かれたのです」
「――それで、俺に、その夫婦連れの様子を見てきてほしいのだな?」
「左様でございます。ご夫婦には、もう少し待って、人数が集まってからと申し上げたのですが、よほどお急ぎだったようで……」
「そこまで話を聞かされたならば、行かねばなるまい」
「ご到着なさって早々に申し訳ございません」
「おい、荷物はここに置いて行くぞ」
「はい、わたくしが責任を持ってお預かりいたします」
シシンは剣を腰帯に差し直すと、――どうぞお気をつけて、と宿屋の主人に見送られ、峠への道を急いだ。
夫婦連れの旅人も相当に急いでいるようで、シシンは少し息が上がるぐらい走ってきたが、追いつくような気配がない。
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