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「こっちも時間がないんでね。せっかく届けにこっちまで来たのに、なかなか会えなくて手間取ってしまって。ここなら会えるかしらと思ったんですけど、用心深いことで。残念です」
男の言っていることはよくわからなかったが、Sさんがこの人から何か品物を引き取る約束をしていたのだろうか。しかし、そんなに大事なものならやはり、直接渡した方が良いのでは? せっかく会社まで来たのだから……。Kさんは男を少し気の毒に思った。
「あの、そういうことでしたら、Sに連絡を取ってみますが。すぐ戻ると思いますし、ここで待たれてはいかがですか」
「これはご親切なことです。でも、もしかしてアタシからは受け取ってもらえないんじゃないかと思ってたところなんでね。あなたから渡していただけたら、却ってありがたいです」
男は不可解なことを言うと、ひょいと頭を下げた。
「渡してもらえば、向こうも承知してると思いますんでね。では、お願いします」
そのまま立ち去りそうになった男を、Kさんは慌てて止めた。
「待ってください。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいんですよ。今も言いましたけど、渡せばわかりますから。まったくSさんにも困ったもんです。どうしたって受け取らなきゃならんのに。次はSさんちの番なんですよ。ああ、でもこれでアタシの役目も終わりです。ではよろしくお願いします。必ずSさんに渡してくださいね」
男はKさんに向かって再度深々と頭を下げると、暗闇へ溶けるように去っていった。
Kさんは夢でも見ていたような気分だった。なんだったんだろう。
角がへたれて丸くなった段ボール箱。少し湿っている気がする。あの人が後生大事そうに抱えていたからだろうか。なんとなく、箱から妙な匂いがした。気味が悪い。KさんはそれをすぐにSさんのデスクに置いた。
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